HOME > 知る > 伝統食品教室 > 蒲鉾:料理人 野崎洋光の漆器と蒲鉾

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「紀文 漆器コレクション」の中から、季節にふさわしいものを野崎洋光さんが選び、
その器にあった蒲鉾や料理を盛り付けたものです。

講師
:野崎洋光
:依田 徹

<野崎洋光の神無月の食>

 紅葉狩りを描いた『観楓図屏風かんぷうずびょうぶ』の風雅に思いを馳せ、今回は巻き寿司と蒲鉾(白・鹿の子)を宴席料理として盛り付けてみました。この画が描かれた室町期を経て、江戸幕府による五節供の制定は、行事食の普及に大きな影響を与え、上巳の菱餅、端午の粽や柏餅など、行事と食が密接に結びつく文化を育てました。季節の節目を祝うという文化が、江戸期に確かな形を得ていきます。

 寿司や蒲鉾もまた江戸期に発展した食べ物であり、今回用いた堤重さげじゅうも、この時代に洗練された漆芸です。右の重箱に添えた菊は、刺身などの添え物に用いられる食用小菊、いわゆる「つま菊」で、菊の食用も江戸時代に始まったという説が有力です。金の縁に黒塗りの器の上で、雅趣あふれる食の共演が始まります。
 中でも古風の蒲鉾の秋らしい色合いは、卓上に秋の美しさを添えています。古の宴の風情を、雅やかな時間を演出してくれます。

献立:右から時計回りに、巻き寿司、白い蒲鉾、錦玉子、つま菊、鹿の子蒲鉾

献立:左から時計回りに、巻き寿司、白い蒲鉾、錦玉子、つま菊、鹿の子蒲鉾

神無月の漆器『木賊刈蒔絵堤重』(とくさがりまきえさげじゅう)

『木賊刈蒔絵堤重』作者不詳/明治時代から大正時代 20世紀

『木賊刈蒔絵堤重』作者不詳/明治時代から大正時代 20世紀

<依田 徹の漆器と絵画の解説>

紅葉狩りの場面に蒔絵の重箱

鮮やかに紅葉する楓を愛でる行楽は、古くから「紅葉狩り」と呼ばれ楽しまれてきました。京都の紅葉の名所と言えば、東山の東福寺や嵐山の天龍寺が有名ですが、もう一つ抜かせないのが高尾の神護寺でしょう。「伝源頼朝像」で有名な神護寺へと続く長い石段は、秋には素晴らしい紅葉で彩られます。そんな紅葉する高尾を描いた絵画の名作が、『観楓図屏風(高尾観楓図)』です。

作者の狩野秀頼については諸説あるのですが、狩野派を確立した狩野元信(1477?~1559年)の次男という説が有力です。制作時期はおそらく永禄年間(1558~1570年)であり、初期風俗画の重要作例となります。そしてこの屏風に、ごく早い時期の蒔絵の重箱が描かれていました。

 

重箱の絵画資料 観楓図屏風

狩野秀頼『観楓図屏風』(東京国立博物館 蔵)戦国時代 16世紀

狩野秀頼『観楓図屏風』(東京国立博物館 蔵)戦国時代 16世紀

この屏風はかつて六曲一双、つまり二枚組であったはずなのですが、現在は左側の一枚のみとなっています(片隻と言います)。画面中央に流れるのは清滝川で、画面上には神護寺のシンボルである大塔が見えます。画面の各所に配された楓が鮮やかに紅葉する中、橋の右手前では女性たちが集まり、酒宴を催しています。

女性たちは一様にくつろいだ笑顔を見せており、一人は赤子に授乳をしている、なんとものどかな場面です。白い被り物をした女性は朱塗りの盃を手にしており、その左手前にいる人物は瀬戸焼らしき白い瓶子を手にしています。そして彼女たちの間には酒肴が拡げられ、右側に置かれているのが蒔絵の器です。屋外での宴会に洒落た漆器を持ち出す習慣の、初期的な様相の記録となります。

四角い箱型で、外側は黒漆塗りに金蒔絵、内側は朱塗りとなっています。四隅に足が付いているのが珍しく、初期的な重箱にはこんな形態があったのかもしれません。なお、彼女たちの左手前に描かれているのは「担い茶屋」です。天秤棒の両側に風炉と茶道具を吊るして移動し、各地でお茶を振る舞うという移動喫茶店でした。宴席の中にも、僧形の女性が青磁の茶碗で茶を飲んでいる様子が描かれます。

 

白い被り物をした女性:朱塗りの盃を手にしている。
その左手前にいる人物:瀬戸焼らしき白い瓶子を手にしている。
中央から右側に置かれているのが蒔絵の器。

白い被り物をした女性:朱塗りの盃を手にしている。 その左手前にいる人物:瀬戸焼らしき白い瓶子を手にしている。 中央から右側に置かれているのが蒔絵の器。

 

『木賊刈蒔絵堤重』の特徴

今回紹介する器は、「木賊刈蒔絵提重」です。木賊の語源は「研ぐ草」、固くザラザラとした茎の表面をヤスリの様に使い、乾燥した秋に刈り取るため秋の季語となっています。特に有名なのが源仲正の和歌「とくさ刈るその原山の木の間よりみがき出でぬる秋の夜の月」で、山間から上ってくる月が、まるで木賊によって磨かれたのか冴え冴えとしていると詠んでいるのが秀逸です。木賊は節のある茎が連なる姿が面白いため、蒔絵や陶器の意匠として好まれました。

本作でも四段の重箱の四面、それに外枠から取皿、朱塗りの盃まで、木賊の意匠で統一しています。下地は潤塗りが基調となっており、その上に金銀粉を駆使して、質感を変えながら木賊の茎一本一本を蒔き分けているのが見どころです。注目していただきたいのは天板に表された月で、ここから教養のある人は、先述の和歌に取材したなとニヤリとするでしょう。今回はこの器に、巻き寿司、蒲鉾、錦卵、それに秋の食材の菊を盛っていただきました。

木賊刈蒔絵堤重

四段の重箱の四面、それに外枠から取皿、朱塗りの盃まで、木賊の意匠で統一

板付き蒸し蒲鉾〈白〉

蒲鉾は平安期にはすでに登場していました。平安期の古文書『類聚雑要抄』(室町時代写し)で、1115年、関白右大臣が三条へ引っ越しした際の祝賀料理が初出といわれています。

室町中期、『宗五大草紙』(1528年)にも、蒲鉾の貴重な情報があります。「かまぼこハなまづ本也。蒲のほをにせたる物なり」とあり、初期の蒲鉾の原料がナマズであったことが示されています。「蒲穂子」とも表記されるのですが、この名称は姿が蒲の穂に似ていることに由来します。古くは竹にすり身を付けて焼いた作る、現代の竹輪に近いものだったのです。

また、室町中期には、すり身を板に盛った板付き蒲鉾が登場しています。『食物服用之巻』(1504年)には、すでにその記述が見られます。

板付き蒸し蒲鉾〈白〉

盛り付け及び監修:野崎洋光(のざきひろみつ)
1953年福島県生まれ。武蔵野栄養専門学校卒業。和食料理人。1980年「とく山」の料理長に、1989年に「分とく山」を開店し、総料理長となり、2023年勇退。和食の技と素材の味を活かした家庭料理のレシピで定評がある。著書に、『日本料理 味つけ便利帳』(柴田書店、2010年)など多数。近著は『永久保存版和食上手になる食材事典』(世界文化社、2026年)。
漆器及び絵画の解説:依田 徹(よだとおる)
1977年、山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻、博士後期課程修了。博士(美術)。さいたま市大宮盆栽美術館学芸員を経て、現在は遠山記念館学芸課長。日本近代美術史、茶道史を専門とし、著書に『盆栽の誕生』(大修館書店、2014年)『皇室と茶の湯』(淡交社、2019年)『懐石新書』(淡交社、2025年)などがある。

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