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お正月のいわれ

江戸文化と和の暮らし −日本人とおせち−

元 江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)

元 江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)
江戸の暮らしはシンプル&スロー、つまり自然や人との共生を志向していました。おせち料理が庶民に定着したのは江戸時代。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

はじめに

現代の暮らしの中にも、和の暮らしとして、江戸の文化がさまざまなところに息づいています。しかし、本来の意味や価値が忘れられている生活習慣や行事も少なくないようです。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、私たちの現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

畳の文化 −シンプルライフ−

トロイの遺跡を発掘したことで有名なドイツ人のシュリーマンは、トロイの遺跡発掘の数年前に、世界周遊の途次、中国から日本へとやってきました。当時、日本はすでに開国していました。彼はその著『シュリーマン旅行記』に日本の住宅について、次のように記しています。

「日本の住宅はおしなべて、清潔さのお手本になるだろう。 床は一般に道路から30cmほど上がったところにあって、長さ2m、幅1mの美しい竹製のござ(畳)で覆われている。ござは、長椅子やソファ、テーブル、ベッド、マットレス ーおそらく日本人がその存在も使用法も知らないものの代わりに使われている。」(『シュリーマン旅行記』)

西洋では、居間にはソファと低いテーブル、食堂には大きなテーブルと椅子、応接間には応接セット、寝室にはベットというように、暮らしの中にたくさんの家財道具があります。日本の家屋は部屋数は少なく、畳しかありませんが、たった一部屋でも座布団を出せば応接間になり、布団を敷けば寝室になります。食事は銘々膳で、テーブルはいりません。シュリーマンは、畳ぐらい清潔で美しく機能的なものはないと驚いているのです。西洋の暮らしと和の暮らしを比較した上での結論です。

ところが、現代の日本の家屋から畳がなくなってきています。昔はどこの家にも必ず畳の部屋がありましたが、いまは畳の部屋がひとつもない家が増えてきているのです。 私の勤務している江戸東京博物館の体験ゾーンには、昭和前期の住宅が実物大で展示しています。玄関があり、廊下があり、畳の部屋があり、台所もあり、自由に入ってもらっています。部屋にはちゃぶ台とか、衣桁とか、古いラジオとかが置いてあります。

この部屋にいつの間にか近所の学校の子どもたちがやってきて、おはじきやお手玉をして遊んでいるのです。丸いちゃぶ台を囲んで、顔を寄せあって、ひざをつき合せて座っています。「ひざつき合わせる」という、人と人とが密接につながっていくちょうどよい距離感、これがいいのだと思います。机を挟んででは人と人とが離れてしまいますが、畳は目線が低く、人を近づけます。子どもたちに、なぜ、ここで遊んでいるのかと聞くと「うちに畳がないから」というのです。

いろいろな事情で、日本の家屋から畳がなくなってきています。いまに畳の生活は博物館でしか体験できないものになってしまうかもしれません。畳文化のシンプルな和の暮らしを大切にしなくてはいけないと感じています。

竹内 誠(たけうち まこと)

1933年東京生まれ。東京教育大学大学院博士課程修了。文学博士。専攻は江戸文化史、近世都市史。徳川林政史研究所主任研究員、信州大学助教授、東京学芸大学教授、立正大学教授を経て、現在、東京学芸大学名誉教授・東京都江戸東京博物館館長・徳川林政史研究所所長・日本博物館協会会長などを務める。
著書に『江戸と大坂』(小学館)、『元禄人間模様』(角川書店)、『江戸の盛り場・考』(教育出版)、『相撲の歴史』(日本相撲協会)、『江戸名所図屏風の世界』(岩波書店)、『近世都市江戸の構造』(三省堂)、『徳川幕府と巨大都市江戸』(東京堂出版)、『文化の大衆化』(中央公論社)、『曲亭馬琴』(集英社)、『忠臣蔵の時代』(日本放送出版協会)、『東京都の歴史』(山川出版社)、『教養の日本史』(東京大学出版会)、『江戸時代館』(小学館)、『徳川幕府事典』(東京堂出版)、『江戸談義十番』(小学館)、『東京の地名由来辞典』(東京堂出版)、『江戸は美味い』(小学館)など。この他、NHK大河ドラマ、金曜時代劇などの時代考証を担当した。

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