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お正月のいわれ

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お正月のいわれ文庫

江戸文化と和の暮らし~日本人とおせち~

現代の暮らしの中にも、和の暮らしとして、江戸の文化がさまざまなところに息づいています。しかし、本来の意味や価値が忘れられている生活習慣や行事も少なくないようです。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、私たちの現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

江戸文化と和の暮らし 元江戸東京博物館館長 竹内誠

元江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)

江戸の暮らしはシンプル&スロー、つまり自然や人との共生を志向していました。おせち料理が庶民に定着したのは江戸時代。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

自然との共生 −スローライフ−

イギリスの園芸学者フォーチュンは、幕末に日本を訪れ、「幕末日本探訪記」の中で次のように述べています。

「日本人の国民性の著しい特色は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。気晴らしにしじゅう好きな植物を少し育てて、無上の楽しみにしている。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの同じ階級の人たちに較べると、ずっと優って見える。」(フォーチュン『幕末日本探訪記』)

フォーチュンは、日本人が世界一の園芸愛好家であると感じたようです。草花は季節と密接な関係にあり、春、夏、秋、それぞれに咲く花があります。つまり暮らしの中に四季がある、時の移ろいがあるといえます。食生活においても時の移ろいがしっかりとしみこんでいるのが日本人の暮らしぶりです。

人々の暮らしが自然と一体化しているので、時計など必要ありません。カレンダーもいりません。昼間、太陽が出ていれば、その角度と位置や町の風景によって何時かわかります。太陰暦は月にあわせているので、月を見れば何日かわかります。そういう自然とのかかわりで時の移ろいを感じているのです。

こういう時間に対する観念が、江戸人と現代人とでは一番違うところではないでしょうか。現代は資本主義社会ですから「時は金なり」で、1分1秒を争って生活しています。ところが江戸の人は、時を味わう。時を楽しむ。スローライフです。時は決して早くありません。時間がたつのが早いと感じているのは、現代人が勝手に忙しくしているからです。人の心の持ちようで、時は決して早くはないのです。

しかし、「時は金なり」でないと資本主義社会では生きていけません。車社会になり、新幹線などもでき、便利な時代になって時間もずいぶん浮きました。その浮いた時間をまたすべて仕事につぎ込んでしまうのがいけないのです。バランスを考えて、浮いた時間の半分はゆとりへまわしたいものです。

行動文化 −信仰と食の楽しみ−

春夏秋冬、江戸ではさまざまな楽しみがありました。春は梅見、花見、潮干狩り。夏は花火、蓮見。秋は月見、菊見、紅葉狩り。冬は雪見というように、四季折々の楽しみがあり、そこに、食の楽しみもありました。江戸時代の行動文化をみると、信仰と娯楽が一体となっていました。お参りに行き、その途中で食事をする楽しみもありました。江戸時代の随筆「世事見聞録」には、江戸の人たちがいかに四季折々の外出を楽しみ、食を楽しんでいるかが記されています。

夫(おっと)は未明より草履(ぞうり)・草鞋(わらじ)にて棒手振(ぼてふ)りなどの家業に出るに、妻は夫の留守を幸ひに、近所合壁(がっぺき)の女房同志寄り集まり、おのれ己が夫を不甲斐性(ふがいしょう) ものに申しなし、(中略)或(あるい) は芝居見物そのほか遊山物参(ゆさんものまい)り等に同道いたし、雑司が谷、堀の内、目黒、亀井戸、王子、深川、隅田川、梅若(うめわか) などへ参り、またこの道筋、近来料理茶屋、水茶屋の類沢山(たぐいたくさん) に出来たる故、右等の所へ立ち入り、又は二階などへ上り、金銭を費(ついや)して緩々(ゆるゆる)休息し・・・」(『世事見聞録』)

長屋のかみさん連中が、旦那が仕事をしている昼間、連れ立って遊びに出かけています。雑司が谷は鬼子母神、堀の内はお祖師さん、目黒はお不動尊さん、亀井戸は天神さん、王子はお稲荷さん、深川は八幡さんなど、東京に住んでいる人ならすぐにわかる場所ばかりです。そして、お金を使って、飲食を楽しんでいるのです。女性たちが積極的に出かけて楽しんでいる、今と変わらない様子がよくわかります。

竹内 誠(たけうち まこと)

1933年東京生まれ。東京教育大学大学院博士課程修了。文学博士。専攻は江戸文化史、近世都市史。徳川林政史研究所主任研究員、信州大学助教授、東京学芸大学教授、立正大学教授を経て、現在、東京学芸大学名誉教授・東京都江戸東京博物館館長・徳川林政史研究所所長・日本博物館協会会長などを務める。 著書に『江戸と大坂』(小学館)、『元禄人間模様』(角川書店)、『江戸の盛り場・考』(教育出版)、『相撲の歴史』(日本相撲協会)、『江戸名所図屏風の世界』(岩波書店)、『近世都市江戸の構造』(三省堂)、『徳川幕府と巨大都市江戸』(東京堂出版)、『文化の大衆化』(中央公論社)、『曲亭馬琴』(集英社)、『忠臣蔵の時代』(日本放送出版協会)、『東京都の歴史』(山川出版社)、『教養の日本史』(東京大学出版会)、『江戸時代館』(小学館)、『徳川幕府事典』(東京堂出版)、『江戸談義十番』(小学館)、『東京の地名由来辞典』(東京堂出版)、『江戸は美味い』(小学館)など。この他、NHK大河ドラマ、金曜時代劇などの時代考証を担当した。