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お正月のいわれ

お正月のいわれ
お正月のいわれ文庫

江戸文化と和の暮らし~日本人とおせち~

現代の暮らしの中にも、和の暮らしとして、江戸の文化がさまざまなところに息づいています。しかし、本来の意味や価値が忘れられている生活習慣や行事も少なくないようです。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、私たちの現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

江戸文化と和の暮らし 元江戸東京博物館館長 竹内誠

元江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)

江戸の暮らしはシンプル&スロー、つまり自然や人との共生を志向していました。おせち料理が庶民に定着したのは江戸時代。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

「おせち」(お節)の意味

お節というのは、正月には限らず、年中行事の行われる日、多くは季節の変わり目の行事をさし、節日、物日ともいいます。しかし同時に、節の日に作るご馳走やお供え餅もお節といいました。また、それを振舞うことをお節振舞といいます。つまり、二つの意味があるのです。

節の日には、元日(1月1日)、人日(1月7日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、七夕(7月7日)、重陽(9月9日)、煤掃き(12月13日)があります。

江戸時代の川柳に「すすはき(煤掃き)の御せちがいわゐ(祝い)納也」(『誹風柳多留』安永9年)が残っていますが、これは、煤掃きという祝いが今年の最後のお節だという川柳です。煤掃きは大掃除のことです。武家屋敷や商人の大店では、煤掃きが終わると、年男を胴上げする慣わしがありました。これがいまの胴上げの起源です。胴上げには、空中に上がることによってその年の厄を落とすという意味がありました。地方によっては、胴ぶるいといって年男の体を震わせて、厄を落とすところもありました。

なお、古代宮廷において、節の日に行われた宴会を節会(せちえ)といいます。五位あるいは六位以上の官吏たちが朝廷に招かれて、節会が行われました。例えば馬の走る姿を見る白馬の節会(あおうまのせちえ)(1月7日)、あるいは全国から力自慢を集めて、天皇の前で相撲をとる奈良時代から始まった相撲の節会(すまいのせちえ)(7月7日)などがあります。民間では節会とはいわず、節供(句)といいました。

正月の「おせち」

正月ばかりでなく、年に何回もお節はあったのですが、一番大切なのは正月だということで、正月のお節が残りました。そして正月のお料理、それがおせち料理となりました。 「年のはじめに、いわゆる振舞などすることを節(せち)という」(本居宣長『玉勝間』)という記録もあります。

正月の神様を「歳徳神」といいます。また、「恵方神」「正月神」ともいいます。一年の幸福や五穀豊穣を祈って、今年の縁起のよい方角に神棚を設けて神様をまつり、お供え物をします。おせちというのはそのお供えものを指します。それを後で神棚からおろして食べる場合と、同じものを神様と一緒に食べる場合がありますが、どちらの場合も、一年の幸せの祈りが通じるように、気持ちは神様とともに食べるのです。それが本来的なおせちの意味です。

べか「中でながし合おうか」さる「ウンニャ。さうしてはゐられねへ。今に九ツが鳴るだらう。早く帰ってお節の支度をせにやアならねへ。おめへン所はおむし味噌の雑煮か」 べか「うんにゃ、やっぱりしたじ醤油のお雑煮さ」さる「そりゃア奇特だのう。おらン所も醤油さ」

さるは、べかに風呂に入ってながし合おうと誘われましたが、もうすぐ12時になるので、早く帰っておせち料理の支度をしなくてはならない。おまえのところは味噌の雑煮か?と聞くといや、べかは醤油の雑煮だよという。それは感心だな。うちも醤油の雑煮だよと答える、という日常会話に正月のおせち=雑煮の話が入っています。また、おゑこ「番頭さん、もうお昼をしめたか」ばんとう「しめた、しめた」 おゑこ「おいらも今お節を祝ッた。腹ごなしにどんぶり温まらうという腹だが、大きな腹だよのう」

お昼をしめたというのは、お昼を食べたという意味です。おせち料理をたくさん食べて、腹ごなしにお風呂に入ろうと思うが、膨らんだ自分の腹を見て、大きな腹だと感心しています。このように、庶民の中にもおせち料理は定着していました。

竹内 誠(たけうち まこと)

1933年東京生まれ。東京教育大学大学院博士課程修了。文学博士。専攻は江戸文化史、近世都市史。徳川林政史研究所主任研究員、信州大学助教授、東京学芸大学教授、立正大学教授を経て、現在、東京学芸大学名誉教授・東京都江戸東京博物館館長・徳川林政史研究所所長・日本博物館協会会長などを務める。 著書に『江戸と大坂』(小学館)、『元禄人間模様』(角川書店)、『江戸の盛り場・考』(教育出版)、『相撲の歴史』(日本相撲協会)、『江戸名所図屏風の世界』(岩波書店)、『近世都市江戸の構造』(三省堂)、『徳川幕府と巨大都市江戸』(東京堂出版)、『文化の大衆化』(中央公論社)、『曲亭馬琴』(集英社)、『忠臣蔵の時代』(日本放送出版協会)、『東京都の歴史』(山川出版社)、『教養の日本史』(東京大学出版会)、『江戸時代館』(小学館)、『徳川幕府事典』(東京堂出版)、『江戸談義十番』(小学館)、『東京の地名由来辞典』(東京堂出版)、『江戸は美味い』(小学館)など。この他、NHK大河ドラマ、金曜時代劇などの時代考証を担当した。