HOME > 知る > 伝統食品教室 > 蒲鉾:料理人 野崎洋光の漆器と蒲鉾

紀文アカデミー

  • おでん教室

  • 練りもの教室

  • 鍋教室

  • 伝統食品教室

  • 正月教室

  • 紀文ペディア

「紀文 漆器コレクション」の中から、季節にふさわしいものを野崎洋光さんが選び、
その器にあった蒲鉾や料理を盛り付けたものです。

講師
:野崎洋光
:依田 徹

<野崎洋光の水無月の食>

懸盤に料理を盛り、その隣に松や菖蒲をあしらった情景が描かれている錦絵『川一丸舟遊び』。その粋な趣向を『蔦蒔絵盤』の上に見立てて、錦玉子に紅蒲鉾を重ね、そして、焼き色の美しい「くろべ蒲鉾」には白和えを乗せ、遊び心豊かに盛り付けました。初夏になると旬を迎える磯の香り高い常節と、そのすぐ奥に佇む季節の風物詩『水無月豆腐』が、涼やかな彩りを美しく添えてくれます。

恵みの雨が瑞々しい青葉を艶やかに濡らすこの時期は、しっとりとした雨の風情がとりわけ素晴らしい季節。季節の恵みを幾重にも重ね合わせた取り合わせが、六月ならではの豊かな情緒を、器の中に表現いたしました。

献立:上から時計回りに、水無月豆腐、赤飯、常節、くろべ蒲鉾の白和え乗せ、紅蒲鉾と錦玉子

献立:上から時計回りに、水無月豆腐、赤飯、常節、くろべ蒲鉾の白和え乗せ、紅蒲鉾と錦玉子

水無月の漆器 蔦蒔絵盤(つたまきえばん)

『蔦蒔絵盤』作者不詳/明治時代 19世紀

『蔦蒔絵盤』作者不詳/明治時代 19世紀

<依田 徹の漆器と絵画の解説>

食器「高坏」や「盤」の歴史

皿を脚で持ち上げた「高坏たかつき」や「ばん」などは、非常に古い歴史を持つ食器です。弥生時代の終わり、3世紀前半の記録である『魏志倭人伝ぎしわじんでん』を読むと、魏の使節たちは当時の日本人が「籩豆へんとう」、すなわち高坏に食事を盛っていたと記録しています。埃をさけるため、食べ物を可能な限り地面から離そうとしたのでしょう。実際に弥生時代の遺跡からも、土器製の高坏が見つかっています。

そして平安時代になっても、貴人たちは高坏を食器として用いていました。さらにその形は三宝の原型である「衝重」に引き継がれ、そして四本脚の「懸盤かけばん」が完成します。懸盤は本来、飯椀や汁椀をならべる御膳の一種です。今では使う機会はほとんどありませんが、雛人形に付属する食器にかろうじて見ることができます。そして江戸時代には、この懸盤を食器に見立てて、料理を盛る場面もあったのです。

 

盤の絵画資料 『川一丸船遊び』

水無月 蔦蒔絵盤 鳥文斎栄之『川一丸船遊び』(ボストン美術館 蔵)

水無月 蔦蒔絵盤 鳥文斎栄之『川一丸船遊び』(ボストン美術館 蔵)
●William Sturgis Bigelow Collection 11.14055, 11.14160-14163
●Photograph © 2026 Museum of Fine Arts, Boston. All rights reserved. c/o DNPartcom

この『川一丸船遊かわいちまる ふなあそ び』は、隅田川の舟遊びを五枚続きで描いた、錦絵(多色摺木版画)の大作です。作者の鳥文斎栄之(1756~1829年)は、500石取という幕府旗本でありながら浮世絵美人画を描いたという、変わった来歴の人物です。葛飾北斎などとも共作する人気絵師で、寛政期の華やかな江戸文化をその作品に描いています。この作品では横長の画面を活かし、十間(約18m)もあったという大型の納涼船を画面一杯に描いています。

屋形の破風は金具の付いた立派なもので、「川一」の額が掛かっています。この「川一丸」は、江戸時代の記録にも登場している、名の知れた納涼船の一艘でした。いま乗船しているのは、着飾った女性たちばかりです。船内には楽器が用意され、その後ろでは烏帽子を被って舞いを踊ろうとする女性もいます。そしてこうした納涼船では、酒宴もたのしまれていました。栄之の舟遊びの絵には、舳先に懸盤に盛った料理がよく描かれています。行き交う周りの舟に、こうして見せつけていたのでしょう。金蒔絵をほどこした内朱の懸盤に盛られた料理は、中心に玉子料理を置き、隣の白い半円状のものは蒲鉾の様です。また松や菖蒲が活けられていますが、食膳に造花を飾る「作り花」の習慣は、室町時代の本膳料理から続くものでした。

楕円の画像:松や菖蒲で飾った、舳先にある「懸板」上の玉子料理や蒲鉾

楕円の画像:松や菖蒲で飾った、舳先にある「懸板」上の玉子料理や蒲鉾

『蔦蒔絵盤』の特徴

今回は紀文で所蔵する『蔦蒔絵盤』に、蒲鉾や笹巻の赤飯や常節を盛っていただきました。この盤は高坏の系譜を引くものであり、大ぶりの蔦の葉を金銀の蒔絵を駆使して表しています。蔦は生命力が強いため繁栄を意味する様になり、家紋などに使われる人気の意匠でした。そして奥に見える白い三角形の胡麻豆腐は、「水無月」と呼ばれるお菓子を模したもの。

平安時代には六月になると、氷室から取り出した氷を噛んで無病息災を祈る風習があり、その氷が基になっています。上に載せられた小豆は魔除けの効能があるとされており、厄除けに食べる小豆粥、またお祝いで炊く赤飯に小豆を入れるのも、こうした信仰の名残りと考えられています。

金蒔絵:その生命力の強さから繁栄を意味する蔦を大ぶりに描く

金蒔絵:その生命力の強さから繁栄を意味する蔦を大ぶりに描く

くろべ蒲鉾〈黒〉

蒲鉾には、伝統的な技法が生み出す多彩な味わいがあります。今月ご紹介するのは、四角いフォルムと表面の焼き色が特徴の「くろべ(焼角かまぼこ)」。紀文では年末の時期だけ販売する商品です。独特の弾力が感じられ、仕上げに加える黒部の名水が、美しいツヤと瑞々しさをもたらします。

皆さまがよく目にされる板付き蒲鉾は、高温で蒸し上げて作りますが、その前に、蒲鉾業界で「坐り」と呼ばれる低温加熱の前処理を行い、しなやかな弾力を生み出します。 一方、「くろべ」はこの坐りの温度と時間が異なるため、食感や風味に固有の表情が生まれます。

こうした製法の違いが、それぞれの個性を際立たせ、地域に根ざした食文化の奥行きを育んでいます。

黒部蒲鉾〈黒〉

盛り付け及び監修:野崎洋光(のざきひろみつ)
1953年福島県生まれ。武蔵野栄養専門学校卒業。和食料理人。1980年「とく山」の料理長に、1989年に「分とく山」を開店し、総料理長となり、2023年勇退。和食の技と素材の味を活かした家庭料理のレシピで定評がある。著書に、『日本料理 味つけ便利帳』(柴田書店、2010年)など多数。近著は『永久保存版和食上手になる食材事典』(世界文化社、2026年)。
漆器及び絵画の解説:依田 徹(よだとおる)
1997年、山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻、博士後期課程修了。博士(美術)。さいたま市大宮盆栽美術館学芸員を経て、現在は遠山記念館学芸課長。日本近代美術史、茶道史を専門とし、著書に『盆栽の誕生』(大修館書店、2014年)『皇室と茶の湯』(淡交社、2019年)『懐石新書』(淡交社、2025年)などがある。

バックナンバー