

「紀文 漆器コレクション」の中から、季節にふさわしいものを野崎洋光さんが選び、
その器にあった蒲鉾や料理を盛り付けたものです。
- 講師
- :野崎洋光
:依田 徹
<野崎洋光の皐月の食>
堤重には、端午の節句にちなんで粽を始め、常盤緑色が美しい蒲鉾、若葉の息吹を映すこごみと蕗、旬のうすい豆や鰆の焼き物、抹茶の風味がほのかに広がる抹茶伊達巻などを収めました。
緑が深まりゆくこの時期は野遊びに最も心地よい季節で、光風と呼ばれるさわやかな風が木々の間を吹き渡ります。季節の恵みを重ねた取り合わせが、五月ならではの情緒を伝えてくれます。

献立(上から)、海老鬼がら焼、鰆の焼もの、粽、抹茶伊達巻、蒲鉾(緑色、白色、黄色)、
錦玉子、野菜と山菜(アスパラガス、こごみ、蕗、筍、うすい豆、さやえんどう)
皐月の漆器 鼓蒔絵提重

『鼓蒔絵提重』作者不詳/江戸〜明治時代 19世紀
<依田 徹の漆器と絵画の解説>
重箱の親類「堤重」とは
重箱の親類に、「提重」があります。金具の持ち手を付けた外枠に重箱本体を納め、文字通り「提げて」持ち歩けるようにしたものです。さらに重箱だけでなく、お酒を入れた徳利、取り皿なども付属するように進化していき、まさに行楽用の宴会セットとなりました。こうした用途から「
現在残っている提重の多くは、立派な金蒔絵のほどこされたものが多く、基本的に江戸時代から明治時代に制作されたものばかりです。実用品であるため古いものが残っておらず、その起源はあまり明確ではありません。しかし絵画資料を探すと、かなり早い例として京都国立博物館の『阿国歌舞伎図屏風』の提重が見つかりました。
堤重の絵画資料
『阿国歌舞伎図屏風』

『阿国歌舞伎図屏風』(京都国立博物館 蔵)桃山時代 17世紀初期
出雲大社の巫女とも伝えられる阿国が、社殿修理の勧進のため京都に上り、踊りの興行を行ったのは慶長5年(1600)のことと考えられています。当初は賀茂川のほとりの仮設舞台で踊っていたのですが、慶長8年には北野天満宮の能舞台を使用する許可をもらいます。この屏風はその様子を描いたものであり、表現も古様を残している作品です。舞台で上演されているのは『茶屋遊び』という演目で、舞台の上で長い刀を担いでいるのが阿国です。
阿国は男装して派手な装束をまとう「傾き者」に扮し、女性役も男性が演じるという、性別が倒錯した舞台でした。これが今に続く「歌舞伎」のルーツです。また舞台の奥には囃方がいますが、江戸時代に琉球からもたらされる三味線がまだ導入されておらず、当時の様子を正確に記録した証拠となっています。そして阿国の右下、観客の間に提重が見えています。

この3つの画像は『阿国歌舞伎図屏風』を切り抜いた一部分です。
金蒔絵も施されており、すでに当時、立派な提重が制作されていたと確認できます。初期の歌舞伎は舞台の幕間が長く、こうした時間に観客は宴会を楽しんでいたのです。やがて江戸時代になると、幕府は女性による歌舞伎を禁止し、男性のみの舞台として特殊発達していきました。舞台は花道を備えた専用の歌舞伎座となり、食事もおにぎりや白米におかずを添えた「幕の内弁当」のスタイルへと移行していったのです。
享和元年(1801)の『料理早指南』には、花見の提重用の献立例が掲載されています。そこには「わたかまぼこ」という料理が登場しているのですが、魚のすり身に鮑の内臓を入れて作るという蒲鉾の一種でした。
『鼓蒔絵堤重』の特徴
今回はほうれん草で色付けした蒲鉾の他、黄色と白色の蒲鉾も盛り込みました。器に使ったのは、『鼓蒔絵提重』です。
外見は能に用いる鼓を3つ繋げたデザインになっており、内側に繭形の重箱と取り皿、さらに太鼓形の酒器を収納しています。目を引くのが梨地文に木苺とおぼしき赤い果実を配した蒔絵とともに、その隙間には加賀前田家の家紋である『加賀梅鉢』(下の写真の上から2段目の側面)も表されています。

加賀前田家の家紋である『加賀梅鉢』
五色蒲鉾〈緑〉
紀文では、年の瀬にのみ仕立てる特別な非売品「五色蒲鉾」があります。菊座鐶に通した紅白の和紐をそっと解き、木箱のふたを静かに押し上げると、和の風情をたたえた緑・黄・紅・白・茶の五色の蒲鉾が端正に並び現れます。
今月ご紹介するのは、その中の一品。すり身にほうれん草を加え、常磐緑色に仕上げた蒲鉾です。料理写真ではこごみの右手に配しています。素材には、上質な蒲鉾づくりに欠かせない白グチを厳選し、塩・本みりん・焼酎で丁寧に調味しました。日本の伝統文化を受け継ぐ蒲鉾技能検定最高位を有する職人が技を尽くし、清新で奥深い味わいを創りあげています。しなやかで細やかな肌理、しっとりとした艶、そして繊細な旨味が調和した逸品です。

- 盛り付け及び監修:野崎洋光(のざきひろみつ)
- 1953年福島県生まれ。武蔵野栄養専門学校卒業。和食料理人。1980年「とく山」の料理長に、1989年に「分とく山」を開店し、総料理長となり、2023年勇退。和食の技と素材の味を活かした家庭料理のレシピで定評がある。著書に、『日本料理 味つけ便利帳』(柴田書店、2010年)など多数。近著は『永久保存版和食上手になる食材事典』(世界文化社、2026年)。
- 漆器及び絵画の解説:依田 徹(よだとおる)
- 1997年、山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻、博士後期課程修了。博士(美術)。さいたま市大宮盆栽美術館学芸員を経て、現在は遠山記念館学芸課長。日本近代美術史、茶道史を専門とし、著書に『盆栽の誕生』(大修館書店、2014年)『皇室と茶の湯』(淡交社、2019年)『懐石新書』(淡交社、2025年)などがある。

