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紀文と漆器Kibun and Lacquerware

日本には、伝統に育まれた数々の優れた工芸品があります。
なかでも漆器は、独自の発展をとげ、世界的な評価を受けている日本を代表する工芸品です。


艶やかに潤いをおびた黒、あざやかに光沢を放つ朱、金銀の蒔絵のはなやかさ、ちりばめられた白や青の貝の微妙な煌めき。華麗な色彩と精緻な意匠などその美しさには目をうばわれます。


漆器と言えば重箱を思い浮かべる方も多いはず、このページでは紀文と漆器の関わりについて紹介します。

蒔絵の重箱に盛り付けたおせち料理

「松竹梅の蒔絵を施した明治時代の重箱に盛り付けたおせち料理」 撮影日:2004年(平成16年)

日本の行事料理とおせち料理の歴史

日本には四季折々の行事があります。これらは有史以来の神事や宮中祭祀の流れを汲むものにとどまらず、江戸時代の町人の間に広まった、花見や潮干狩りといったものをも含み様ざまなかたちで生活を彩ってまいりました。


そしてまた、それらの行事と結びついた料理には、素材・調理法・器・盛りつけ・調度に至るまで、様式化されているものも少なくありません。


年中行事の最たるものであるお正月の行事料理・おせち料理は、もともとは歳神様に捧げた節供(一年の節目の日に神に供する飲食)でした。


訪れる神を迎え、無事に過ぎた一年への感謝と新しく迎える年の幸福を祈るという日本ならではの“祈りの心”と“美意識”。


それはお重箱という器との出会いで、さらに洗練され確固たるかたちとなり、現代のおせち料理となって受け継がれてまいりました。

 





『風流役者地顔五節句正月之図』【国立国会図書館蔵】

風流役者地顔五節句正月之図 【国立国会図書館蔵】

紀文と漆器との出会い

一方、紀文は創業以来、練り製品を中心に総合食品メーカーとして歩んでまいりました。
主力商品であるかまぼこは、さかのぼれば千数百年という歴史をもつ日本の食品史を代表する食べものであり、このような伝統食品製造の担い手として、私どもは常に日本固有の食文化を大切にしてきました。

1986年(昭和61年)のおせち料理の雑誌広告

1987年(昭和62年)のおせち料理の雑誌広告

また、食文化の核となるともいうべきおせち料理は紀文の歴史の中でも大きな位置を占めるものであり、そのおせち料理に欠かせない器として重箱があります。


弊社の漆芸作品との出会いはここから始まりました。


お重箱に詰められたおせちの美しさ。お重箱はまさに料理と一心同体であり、まさしく“用の美”といえるでしょう。


この“用の美”に感銘を受け、紀文は食文化を食品・器の両面から見つめ直し、重箱を中心に、食にまつわる漆工芸品を収集をはじめました。


このことは1988年(昭和63年)の創立50周年記念事業をみすえて行われてきたものです。

紀文が所蔵する漆器のコレクション

紀文が所蔵する漆器のコレクション

伝統文化を受け継ぎ、
皆さまにお伝えしていくという使命

紀文は日本のよき伝統を継承するとともに、時代に合わせて革新を続けることで、新たなる伝統を育んでいくことを、企業としてのひとつの使命と考えています。
 
時代物の重箱を皮切りに始めた、漆器のコレクションは、食関連の弁当箱・膳・椀・盃・皿・菓子器などにもひろがり、さらには、新しい技法を磨きつつ伝統工芸をいまに伝える匠たちに共感し、現代作家のかたがたの漆芸作品も加わりました。

そして2008年(平成20年)の創業70周年記念事業として、そのコレクションの概要をまとめるべく、103点の作品をカラー写真に収め、併せて、漆工芸品の特徴、歴史、技法を記載した書籍『心 麗しの漆器~紀文漆器コレクション~』の制作を開始し、2010年に発行いたしました。


同書は、文化的アプローチとして、日本の食文化、日本の器、江戸文化の成り立ちを併記し、東京国立博物館による詳細な作品解説も掲載されており、英文を併記して、海外の方々への対応もはかっています。


紀文では、漆の美や、おせち料理をはじめ、日本の美しい習慣を後世に遺すとともに、その文化性を発信していくことでみなさまの生活に喜びと潤いをお伝えできることを願ってやみません。

書籍『心  麗しの漆器~紀文漆器コレクション~』

書籍『心 麗しの漆器~紀文漆器コレクション~』

書籍の重箱紹介ページ

書籍の重箱紹介ページ

日本の伝統文化でお客さまをお出迎え

株式会社紀文食品の日の出オフィスには、漆器のコレクションの一部をご覧いただけるスペースとして、漆器展示室があり、年の瀬には重箱に盛り付けたおせち料理のサインボードを掲示します。

漆器展示室

漆器展示室

受付のコーナー上のおせち料理のサインボード

受付のコーナー上のおせち料理のサインボード

このほか、大相撲の東京場所中には、衣桁イコウにかけた着物(夏着・冬着)や、常設のおでんの木工工芸品でお客さまをお出迎えいたします。

ご来社いただいた皆さまに、大相撲関連の迫力ある展示、漆器の凛とした美しさ、温かみのあるおでんの木工細工など、日本の素晴らしい文化をご覧いただければと思います。

受付コーナー横の着物(夏着)

受付コーナー横の着物(夏着)

<紀文のコレクションの一部を紹介します>

時代漆芸

時代漆芸コレクションは、桃山時代(16〜17世紀)から昭和年間初期(20世紀)にいたる70作品。


日本の蒔絵は、その基礎的な技法の多くが平安時代後期にかたちづくられ、中世、近世に継承され、伝統的な蒔絵様式の完成をみました。コレクションには、昭和年間のものも含まれますが、技法、意匠などいずれも伝統様式を駆使してつくられたものです。


とりわけ加賀蒔絵を継承する作家の優品が多いのが特色です。この蒔絵様式の特徴は、室町時代の蒔絵を踏襲した伝統的なデザインと、金貝や切金、珊瑚など多彩な装飾材料を使いこなした技術力にあります。


時代を経て、それらはさらに精緻の度合いを深め、精巧で格調高く、蒔絵の正統ともいうべき趣を呈しています。また、意匠にめでたい吉祥文様が多いことは、漆器がハレの日を飾る器物として用いられてきた一面がうかがえます。生きていくのに欠かせない食を担う飲食器にこめた、先人の祈りの気持ちも伝わってくるようです。


膳椀・膳・椀


草花蒔絵懐石道具(くさばなまきえかいせきどうぐ)

草花蒔絵懐石道具(くさばなまきえかいせきどうぐ)
作者不詳/大正〜昭和時代・20世紀
盆:310mmx525mmx40mm


懐石道具は、茶事で供される食事に用いられる道具類の総称。この懐石道具は5人前で、膳5客に蓋付の飯椀・汁椀・壺椀・平椀各5客と、飯器・飯器台・杓子・湯桶・丸盆・長盆の各1点からなる。外側は黒漆塗りとして、—面に金・銀平蒔絵で茅野に露の文様を表わしている。また盆の見込みや各々の器の外側、椀の裏蓋などには、椿や朝顔・鉄線・百合・河骨コウボネ・桔梗・撫子・藤袴・女郎花など草花の折枝を、金・青金の平蒔絵に付描ツケガキを交えて描く。全面を蒔絵の文様が覆いつくす、まことに賑やかな懐石道具である。


瓢蒔絵煮物椀(ふくべまきえにものわん)

瓢蒔絵煮物椀(ふくべまきえにものわん)
作者:大垣 昌訓/大正〜昭和時代・20世紀
100mmx100mmx80mm


瓢の中身をくりぬいて、椀の蓋と身に仕立てている。煮物椀は懐石に用いられる器の一つで、煮物を容れるのに用いる。“菓子椀” “大平椀”などと呼ばれることもある。外側は瓢箪の肌を活かし、金銀薄肉高蒔絵で夕顔の花と葉、蔓を描く。螺鈿や微塵貝の技法を交えるところが特徴。作者の大垣昌訓は、このような瓢箪を使った瓢蒔絵の椀を得意としたらしく、同工の椀が他にも知られる。


盆・皿・食籠


蔦蒔絵盤(つたまきえばん)

蔦蒔絵盤(つたまきえばん)
作者不詳/明治時代・19世紀

275mmx275mmx185mm


六花形の盆に高い台脚をめぐらし、台脚の三方に八花形の格狭間を設ける。台脚の三方に格狭間や円窓を透かした台は三方もしくは三宝と呼ばれるが、通常は檜の白木で作り、四角い盆の下に、三方に円窓を設けた台脚を付けたシンプルなものが多い。この盤は、見込みと台脚に金・青金・銀の研出蒔絵に金切金を交え、蔦の文様を描いている。銀粉をぼかしたり、金粉の大きさを変えて色調に変化をつけるなど、蔦の蔓葉を賑やかに描いている。台脚部は三方の形式をとっているが、供物を供えるというよりは、菓子器などとして用いるのだろう。


四君子蒔絵輪花盆(しくんしまきえりんかぼん)

四君子蒔絵輪花盆(しくんしまきえりんかぼん)
作者:鶴田 信高/明治〜大正時代・20世紀

365mmx365mmx65mm


鍔を花の形に刳り、高い高台を付けた盆である。箱書に「菓子盆」とあるから、菓子を盛る器として使われたのであろう。盆の見込みには、金銀の薄肉高蒔絵を用いて菊花の文様を大きく表わし、その陰に竹と蘭とを小さく描き添えている。“四君子”というには梅が足りないが、どうやら器そのものが梅の花を表現しているようだ。

江戸期以降の蒔絵によく見受けられる機知に富んだ構成である。なお、付属の袋には「金澤市梅本町鶴田製」の朱印があり、箱に「鶴田信高造」の墨書がある。


重箱・堤重


蝶蒔絵螺鈿重箱(ちょうまきえらでんじゅうばこ)

蝶蒔絵螺鈿重箱(ちょうまきえらでんじゅうばこ)
作者不詳/明治〜大正時代・20世紀

212mmx230mmx333mm


方形、四段重ねの重箱。表面は全体を黒漆塗りとし、金銀の高蒔絵に螺鈿・金貝・漆絵など様ざまな技法を駆使して、彩り豊かな蝶文様を描きだす。蝶は人の魂が仮託された存在とされており、古い時代には、宗教調度に蝶の文様が多く用いられることもあった。しかしながら、近世以降はそのような意味合いは忘れ去られ、ただ美しく変化のある文様と捉えられるようになっていく。この作品もその好例といえよう。外箱の貼り紙には「寛哉作」とあるが、この作者についての詳細は不明である。


鼓蒔絵提重(つづみまきえさげじゅう)

鼓蒔絵提重(つづみまきえさげじゅう)

作者不詳/江戸〜明治時代・19世紀

138mmx292mmx238mm


提重には、形や文様の面で、様ざまに趣向を凝らしたものが多いがこれもその好例。天板を支える支柱は、鼓の胴をかたどって作られ、その間に重箱や酒樽・皿などを収める、という奇抜な構成になっている。画面で見るとおり、天板も鼓皮を重ねた形に作り、重箱・銘々皿などもすべてそれに合わせて仕立てられている。酒樽は太鼓の形だが、これは同じ鳴り物ということでここに収められているのだろう。重箱の蓋表に「桐壺」、小盆の見込みに「絵合」とみられる源氏絵を描き込むなど、江戸の蒔絵らしい精細な表現が印象に残る作品である。


松竹梅蒔絵提重(しょうちくばいまきえさげじゅう)

松竹梅蒔絵提重(しょうちくばいまきえさげじゅう)

作者不詳/明治時代・19世紀

提重:183mmx198mmx260mm
盃:108mmx108mmx22mm


5枚の箱を抽斗のように収める、箪笥形の提重。外側は黒漆塗りとして、重箱の外側にはそれぞれ松・竹・梅・鶴・亀甲の繋ぎ文を、金薄肉高蒔絵と青金の研出蒔絵で表わす。五段重ねで松竹梅に鶴亀を象徴しており、不老長寿を表現した文様である。すべてパターン化した繋ぎ文様であるが、精巧な蒔絵と相まって、たいへん洗練されたデザインになっている。松の箱には内蓋があって、朱塗りに竹文様の盃を収めており、盃台になる。盃台に盃を置けば、松竹の文様となるところも、よく考えられている。


木賊刈蒔絵提重(とくさがりまきえさげじゅう)

木賊刈蒔絵提重(とくさがりまきえさげじゅう)

作者不詳/明治〜大正時代・20世紀
115mmx250mmx260mm


全体をウルミりとし、外枠から重箱の表面、銘々皿や盃の見込みにまで、金銀の平蒔絵を用いて木賊文様を表わす。色絵で草花と宝尽しの図を描いた瓢箪型の徳利が付いている。天板に満月が表わされており、これが能の演目にもある「木賊刈り」からきた意匠であることが知られる。「木賊刈り」は、幼子をかどわかされた父親が、永いこと子の帰りを待つうちに年老いるが、ついには若い僧となった我が子に巡り会う、という筋立てである。通常は、鎌を持った老爺を画面に描き込むが、蒔絵の場合はこのように主役となる人物を敢えて描かず、背景のみで主題を表現する“留守文様”と呼ばれる手法を採ることが多い。


酒器(注器・盃)


松竹梅蒔絵提子(しょうちくばいまきえひさげ)

松竹梅蒔絵提子(しょうちくばいまきえひさげ)

作者:二木 成抱/大正〜昭和時代・20世紀

145mmx145mm(注ぎ口込180mm)x80mm(柄込170mm)


蓋には銀製花蘂カズイ形のつまみを付け、ゲンに銀線を巻く。器は表面を段状に区画し、金銀平蒔絵でデザイン化した松竹梅文様を描く。また、胴の中段には銀と梨子地による市松文様を表わし、下半は金粉を密から疎へと蒔きつける。注口の小口を金の置平目で飾っている。大正から昭和にかけて、帝展、日展などを舞台に活躍し、高い評価を得た二木成抱(1884〜1954)の作品である。


松竹梅鶴蒔絵大盃及び盃台(しょうちくばいつるまきえたいはいおよびはいだい)

松竹梅鶴蒔絵大盃及び盃台(しょうちくばいつるまきえたいはいおよびはいだい)

作者不詳/明治〜大正時代・20世紀

盃台:250mmx260mmx265mm
盃:200mmx200mmx60mm


盃の見込みに松と旭日、裏側に梅と鶴を描き、盃台は見込みに雲に鶴を、側面に竹林を描いている。盃と盃台を合わせると、松竹梅に鶴の図となる。盃は朱漆塗り、盃台は黒漆塗りで、高い高台を付けた大型盃と、入角形で大きな入角形格狭間を透かした盃台の一具である。技法は金高蒔絵を主体にして金切金、金金貝を多く用いており、技巧的な表現ではあるが、たいへん豪華に仕あがっている。これらを収める箱の蓋裏に「香雪作」の蒔絵銘があるが、この人物については不明である。精細な付描・描割の線や、盃台立ち上がりの縁に平目粉を並べ置くなど、加賀蒔絵の伝統を受け継いでいる。


現代漆芸

現代漆芸コレクションは、昭和後期から平成年間を代表する作家の作品コレクション。
そのすべてが、<日本伝統漆芸展>に出品されたものです。この展示会は、毎年正月に開催され、出品者は、日本各地に伝わる伝統的な漆芸技術を継承し、さらに現代の息吹あふれる創意に富んだ作品を制作する優れた作家たちです。


紀文は、漆芸作家育成の一助として、第5回展以来、数々の出品作品をコレクションに加えてきました。主に「食」に関する器物を中心に、重要無形文化財保持者(人間国宝)、監査・審査委員の作品、受賞作、入選作という基準で選ばれた逸品が揃っています。


33作品30名の作者のうち、12名が髹漆・蒔絵・蒟醤・螺鈿・沈金・彫漆といった各漆芸技法の分野での重要無形文化財保持者ということからも、現代漆芸の粋を極めていることが知れるでしょう。


これらはまさしく美の継承者たちの作品であり、彼らの多くもまた加賀蒔絵の流れを汲んでいます。

 

菓子器・合子・茶器


乾漆朱塗合子(かんしつしゅぬりごうす)

乾漆朱塗合子(かんしつしゅぬりごうす)

作者:林 暁

245mmx245mmx165mm


張りのある器物の面に斜めの丸みある線の処理をし、見る人に線の行方を誘っている。朱漆色は鮮やかで赤口朱・洗朱・黄口朱を加えて調合され、本格的髹漆キュウシツ技法を身につけ、感覚と一体になっている。この乾漆づくりは、石膏原型の雛形面に糊漆で粗い麻布4牧と細かい布2枚、両面和紙4枚ずつを貼り重ね漆下地をほどこし、原型を除去して仕あげた。内側は蝋色磨きされ、懸子カケゴを置き効果的である。


鈴虫白蝶貝蒔絵棗(すずむししろちょうがいまきえなつめ)

鈴虫白蝶貝蒔絵棗(すずむししろちょうがいまきえなつめ)

作者:田口 善国

78mmx78mmx87mm


棗の上面に雌雄2匹の鈴虫を配置している。雄はリーンリーンと美しく鳴く、秋の夜を謳歌している様子を描く。茶入として、檜材に日本産漆を用いしっかりした塗りをほどこしてある。鈴虫に白蝶貝を用い文様をひきたたせ、向斜状の線を棗上面全体に描いて草叢を表現し、文様の調和をはかった。側面は4段階に草叢を分け、広々と生い茂る野を表現している。鈴虫には白蝶貝の薄貝に銀の伏彩色をほどこし、銀の部分を鉄筆で引っ搔き文様を表わす。鈴虫の輪郭を刃物で切り、棗上面に蝋色漆で貼る。側面の草叢の部分は粗い青金粉を蒔き、鉄筆で引っ搔き文様を表わした。


飾箱・箱


玳瑁螺鈿飾箱「みのり」(いまいらでんかざりばこ「みのり」)

玳瑁螺鈿飾箱「みのり」(たいまいらでんかざりばこ「みのり」)

作者:北村 昭斎

124mmx124mmx105mm


玳瑁は海亀の一種で、その甲羅は一般には“べっ甲”と呼ばれ、夜光貝の螺鈿とを組み合わせて、各種の装飾材料として用いられてきた。正倉院宝物の中には「玳瑁螺鈿八角箱」や「螺鈿紫檀五絃琵琶」などの華麗な宝物が収められている。作者としては、古代の工芸技法の研究と、その技法を現代工芸に復元することをテーマとしており、非常に興味深い技法である。この技法を活かすベく、飾箱の文様のモチーフに、ササン朝ペルシアからシルクロードを経て、唐、奈良・正倉院へと流入した聖樹としての葡萄と、それを中心に相称的に、その房を採ろうとする栗鼠リスを配することによって豊饒の祈りと、東西文化の流れに想いをめぐらせた。


蒔絵八角箱「盛秋」(まきえはっかくばこ「せいしゅう」)

蒔絵八角箱「盛秋」(まきえはっかくばこ「せいしゅう」)

作者:市島 桜魚

170mmx170mmx75mm


木地は檜の正目材を使用した指物で、麻布を着せた本堅地塗りをほどこした八角形の箱。中心に碧く光るのは玉虫貝。箱全体に広がる薄野には金地と銀地の部分があり、大粒の金(刑部平目)によって境界分けされており、蜻蛉も飛んでいる。文様はすべて引っ搔き技法によるもの。“引っ搔き”とは、漆を塗って粉を蒔き、その漆が乾かない間に文様を搔き描くという技法。そのため、下描きをすることができず、途中で休むことも許されない。広大な薄野に一陣の風が吹くと、薄は風の姿を写し、美しい旋律を奏でているよう。求心と遠心という渦の力に乗せて、私が憧れる自在なる空間を秋の情景に想い、リズミカルで煌めく世界を表現した。


盛器・盆・盤


縄胎蒟醤盛器「輪」(じょうたいきんまもりき 「わ」)

縄胎蒟醤盛器「輪」(じょうたいきんまもりき「わ」)

作者:西岡 春雪

430mmx430mmx95mm


私の作品の創作にあたり、逆三角錐の器が浮かび盛器にしたいと思い、自分が考案した縄胎で作ることにした。まず石膏で雄型を作る。原型に漆糊で木綿の縄紐を巻き貼り付けていく。その上に麻布を3回貼る。また太めの木綿の縄紐を貼り付けて、乾燥後に石膏をはずす。縄貽の上に黒漆を15回ほど塗り重ねて平らにし、朱漆と黒漆でぼかし塗りする。朱の面に香川漆器特技の蒟醤線文様をほどこし、くぼみに色漆を象嵌して炭研ぎし、蝋色磨きで仕あげる。裏底をいかに自然体に安定させるかということと、黒漆と朱漆のぼかし塗りに腐心した。漆という樹液は心があると思える。


篩醤梅文丸盆(きんまうめもんまるぼん)

蒟醤梅文丸盆(きんまうめもんまるぼん)

作者:磯井 正美

270mmx270mmx35mm


梅シリーズの中の1点。「万葉集」に収録されている梅を詠んだ歌は119首で第2位。桜の47首に較べ圧倒的に多い。当時、梅が日本に渡来したばかりで珍しかったのが理由のようだ。本品は、共芯の科ベニヤの積層素地に麻布を貼り本堅地をほどこした表面に、黒蝋色漆を15回塗り重ね、やわらかい曲線で3分割して上下に同心円状に往復彫りをほどこし、摺漆をした上に金粉を真綿で擦りつけ、赤蝋色漆を塗り、この工程を繰り返し行なって研ぎつける。梅の花は逆かまぼこ型に彫り、必要なところに筆で色漆を注し、残りの部分は黒蝋色漆で埋めて研ぎつけ、筆で描いた線でなく、彫った線でもない不思議な線で表現している。使用した漆はすべて日本産である。


金胎蒔絵盤「舞鶴」(きんたいまきえばん「まいづる」)

金胎蒔絵盤「舞鶴」(きんたいまきえばん「まいづる」)

作者:寺井 直次

333mmx333mmx22mm


作者は金沢市生まれ。東京美術学校へ進み、六角紫水、松田権六らに学ぶ。その後、金胎素地や漆工素材の科学的研究を行なう。昭和27年頃から卵殻技法に取り組む。素地にアルマイトを使用する金胎漆器に優れた技をみせ、鶉の卵殻を主とする蒔絵技術で、近代感覚にあふれ、情感豊かで、品格に満ちた作風を打ち立てた。この作品は、作者の表現世界をすべて表現しているといえる。金胎による七弁の輪花部分に松枝2個、鶴5羽を配している。鶴は、鷺や蝶とともに作者得意の卵殻技法を最も活かせるモチーフである。中心部の貝の輝き、漆黒の空間に舞う鶴、小宇宙ともいうべき広がりを感じさせる作品である。


平文虹彩盤(ひょうもんこうさいばん)

平文虹彩盤(ひょうもんこうさいばん)

作者:大場 松魚

215mmx305mmx55mm


虹の中に花鳥を配して宇宙、和、相性、慈愛を表現した。模様の分量[図柄と黒い部分の比率]と、空間の美しさを考えて図案をまとめた。金・銀・青貝の色、朱や黒い漆の色の調和を意識した。盤の大きさ、縦横、高さ、深さのバランスを考えた。形の美しさ、使いやすさ、安定感を意識し、盆や盛器としての機能を配慮して作った。技法は、檜正材の蝋色仕立て。鳥や花は金銀の平文で線彫りがしてある。虹の色の変化に、金銀の蒔絵と玉虫貝による螺鈿・朱漆・金平目を使っている。木地の段階で、直線のないカーブばかりでゆがみができないように苦心した。底にふくらみ[曲線]があるので、安定感と強さをもたせるのに脚を左右に2本付けた。


蒔絵菊文重箱(まきえきくもんじゅうばこ)

蒔絵菊文重箱(まきえきくもんじゅうばこ)

作者:小椋 範彦

210mmx210mmx130mm


素地は檜正目材・桂正目材を使用。麻布による総布着せをした本堅地法である。構成は、自然の中の菊より自然に見えるように空間、実在感を意識して制作した。立体がシャープに見えるようにそれぞれの面を作り、無地の黒蝋色仕あげ部分と蒔絵面との世界観の違いを、大きくシンプルな明暗構成でまとめた。菊花には白蝶貝の薄貝を使用し、貝裏面に伏彩色法で銀消粉を焼き付け、その面をデッサンするように引っ搔いて花の量感を表現。蒔絵の花・葉脈も粉蒔き後、筆のタッチが活かせる引っ搔きで表現し、駿河炭で全体を限界まで研出して仕あげている。黒い空間に位置した絵画的表現による研出蒔絵の重箱である。


彫漆水連文水指(ちょうしつすいれんもんみずさし)

彫漆水連文水指(ちょうしつすいれんもんみずさし)

作者:音丸 耕堂

210mmx210mmx135mm


やわらかみのある胴張角形の素地を乾漆で作り、その表面に黒白朱黒白黒と約50回漆を塗り重ねたあとで、水連の花と葉を彫出している。身の内側は、上塗り漆に金粉を練り込み、2回塗って研ぎ油滴の金地塗りをしている。蓋は檜正目の一枚板で彫って作り、本堅地をして黒漆を塗り、蝋色仕あげをしている。作者は作品で合掌しようと思い、つまみはカワズ観音を堆漆ツイウルシで彫出し、金地塗りに仕あげた。水連の葉には朝露を表わし、全体として格調高い作品に仕あげている。


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