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伝統食品教室

アジアの食文化「塩辛」

  • 森枝 卓士先生(写真家、ジャーナリスト) 
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  • 野﨑 洋光先生(和食料理人) 
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森枝卓士(もりえだ・たかし)さん 森枝 卓士(もりえだ・たかし)さん
写真家、ジャーナリスト。大正大学客員教授。1955年熊本県生まれ。東南アジアを中心に世界中で取材活動を行う。カレーの漫画『華麗なる食卓』(集英社)の監修なども。著書に『食べているのは生きものだ』(福音館書店)、『食べもの記』(福音館書店)、『カレーライスと日本人』(講談社学術文庫)、『干したから……』(フレーベル館)など、食にまつわる著書、写真絵本など多数。
野﨑 洋光(のざき・ひろみつ)さん 野﨑 洋光(のざき・ひろみつ)さん
1953年福島県生まれ。武蔵野栄養専門学校卒業。1980年「とく山」の料理長を経て、1989年「分とく山」を開店し、2023年12月まで総料理長を務める。和食の技と素材の味を活かした家庭料理のレシピで定評がある。 著書に、『なぜ? からはじめる かんたん和食』など多数。

魚介の身や内臓を塩漬けして発酵させた「塩辛」。日本に古くから伝わる保存食です。塩辛は米や酒とセットと語る森枝さんにはアジア各国の塩辛の数々を、塩辛を加熱すると“優しいおいしさ”になると語る野崎さんには調味料としての活用術を聞きました。

初めてなのに懐かしい

「食べたことのない料理ばかりなのに、どうして、懐かしいような感じでおいしいのだろう?」

東南アジアを初めて訪れた、40年ほど前。食べながら、そんなことを感じました。当時はまだ、ほとんどタイ料理やベトナム料理の店などない時代。大使館御用達みたいな店が1軒ずつあったくらいだったかしら。

なので、初めての訪問が、食べることでも初体験みたいなものだったのですが、そんな印象を持ったのです。新鮮な驚きと懐かしさのような感じが混じり合うような。

タイ、バンコクにあるお惣菜の店の料理。いわゆるタイカレーや炒めもの等々、塩辛や魚醤を使っていない料理はないと言っていい。

タイ、バンコクにあるお惣菜の店の料理。いわゆるタイカレーや炒めもの等々、塩辛や魚醤を使っていない料理はないと言っていい。

ベトナム、フーコック島の魚醤、ニョクマム工場。イワシを大量に塩漬けにして作る。もともと川魚で作っていたものが、工場で大量生産するようになり、海の魚でも作られるようになったという流れだ。

ベトナム、フーコック島の魚醤、ニョクマム工場。イワシを大量に塩漬けにして作る。もともと川魚で作っていたものが、工場で大量生産するようになり、海の魚でも作られるようになったという流れだ。

なぜなんだろう。そういう疑問を持ったことが私の食文化への興味のはじまりでもあったのですが、それはともかく、調べていくと疑問の答えが「塩辛」だったのでした。

たとえば、タイでしたら「カピ」、マレーシア、インドネシアあたりであれば「ブラチャン」「トラシ」と呼ばれるアミ(エビ)の塩辛が、カレーのような料理などで、頻繁に使われているのです。それで、塩分とうま味をつけているわけです。

あるいは、すでに日本でも有名になってしまったタイの「ナムプラ」、ベトナムの「ニョクマム」のような調味料も実は塩辛です。その液体利用。日本の調味料でいえば、味噌と醤油のような関係です。

食べる塩辛と調味料の塩辛

ちょっとややこしいでしょうか。整理してみましょうか。

魚がいっぱい捕れたとき、捕れすぎたとき、どうしましょう?
干物にするというのも、保存する知恵ですね。あとは、塩がたっぷりとあるようなところなら、塩漬けにするというのも良い保存法です。日本の塩鮭など、その典型ですね。あるいは地中海あたりのアンチョビーなども。

そのように塩漬けにすると、水分が抜けて腐りにくくなります。干した場合と、ある意味、同じです。ただ、そこで「発酵」が起こると、塩辛になるというわけです。イカの塩辛や東南アジアのあれこれの塩辛も厳密な意味では、発酵というよりもそれ自体が持っている酵素による融解だったりするのですが、そういうことも含めて一般には「発酵」と言うようです。

タイのナムプリックという一般的な料理。このたれ(ディップ)が塩辛をベースにトウガラシや柑橘の汁などで作られたもの。このたれをココナツミルクで煮込み、具を加えたらタイカレー。

タイのナムプリックという一般的な料理。このたれ(ディップ)が塩辛をベースにトウガラシや柑橘の汁などで作られたもの。このたれをココナツミルクで煮込み、具を加えたらタイカレー。

で、そのもの自体を食べたり、調味料にしたりするものを「塩辛」と呼び、液体利用を前提として作られたものを「魚醤(ぎょしょう)」とか「魚醤油」と呼ぶ、ということです。

先に味噌と醤油と言いましたが、大豆に米や麦と麹を合わせて発酵させたものが「味噌」で、その製造過程で出てきた液体を利用したのが「たまり醤油」。一方、液体自体を作り出せるよう工夫されたものが「醤油」ですので、同じ関係です。

タイのなれずし。日本の滋賀県、琵琶湖のふなずしと同類だが、ふなずしでは使わない麹を使ったりも。

タイのなれずし。日本の滋賀県、琵琶湖のふなずしと同類だが、ふなずしでは使わない麹を使ったりも。

塩辛の存在するエリア

ところで、この塩辛の仲間、つまり、魚の発酵食品の存在する場所はどこか、という問題があります。たとえばイタリア、スペイン、フランスあたりのアンチョビーもその仲間に入れてもいいかと思いますが、それより何より、古代ローマには「ガルム」と呼ばれる魚醤がありました。「アピシウスの料理書」と呼ばれる当時のレシピ集があるのですが、その多くの料理はガルムと呼ばれる魚醤が味つけに使われています。おそらくはローマ帝国の滅亡と共に消えたようなのですが、その末裔(まつえい)の一つがおそらくはアンチョビーのソースではないかと思っています。

これ以外にまったくない、ということはないとは思うのですが、概して、東アジアから東南アジアにかけての地域に広く存在しているようです。前述のように東南アジアでは広く、各種、存在してます。

すべての国に魚醤があるというわけではありませんが、多かれ少なかれ、いくつかの種類が存在し、概して料理に使われる調味料となっているという感じです。

東南アジアのカレーといえば、魚醤とスパイス、それにココナツミルク(あるいはタマリンドという豆の発酵食品を溶かした液体)。あるいは、塩辛とトウガラシ、ニンニク、柑橘系の汁等々を合わせたものが、生野菜などを食べるときのディップやソースとして使われたり。チャーハンや炒めものでも、タイではナムプラ、インドネシアあたりでは、アミの塩辛=トラシが味つけに使われます。

中国にも蝦醤(シャージャン。つまり、アミの塩辛)の類いなどあちこちに現存しますが、相対的には歴史の中で消えていったような印象でしょうか。

ラオス、ヴィエンチャンの市場の塩辛売り。様ざまな塩辛があるが、調味料として使われる。

ラオス、ヴィエンチャンの市場の塩辛売り。様ざまな塩辛があるが、調味料として使われる。

それよりも、朝鮮半島。こちらは大変に豊富です。総称して「チョッカル」と呼びますが、中でも「メルチージョ」と呼ばれるカタクチイワシの塩辛、あるいは「セウジョ」と呼ばれるアミの塩辛は冬場のキムチに使われ、そのうま味を作り出しています(夏場は腐りやすいので、塩を用いていました。ただ、いまは冷蔵ができますから、季節は関係ないかも)。

韓国、ソウルの市場の塩辛類専門店。ごはんのおかず、あるいは酒の肴(さかな)になるような辛い塩辛がいっぱい。

韓国、ソウルの市場の塩辛類専門店。ごはんのおかず、あるいは酒の(さかな)になるような辛い塩辛がいっぱい。

塩辛は米や酒とセット

こう見てくると、圧倒的に稲作地帯のご飯に合う料理に用いられたり、その地域で酒の肴として愛されていることに気づきます。

東南アジアではもともと、川から水田に灌漑(かんがい)用水路で水を引いた、その流れに小魚が入ってきて、稲が育つなかで天敵の鳥から身を守り、増えて……。というわけで、稲刈りの前に水田から水を切るところで大量に捕れるものを保存食として利用したところからはじまるのではないかと考えられているのです。

そういうわけで、米と塩辛は最初からセットだというわけ。米から造る酒とも、ね。

田んぼ、あるいは田んぼの周辺で小魚を捕る風景。大量に捕れた小魚を保存食とする知恵として、塩辛が生まれたようだ。
田んぼ、あるいは田んぼの周辺で小魚を捕る風景。大量に捕れた小魚を保存食とする知恵として、塩辛が生まれたようだ。

田んぼ、あるいは田んぼの周辺で小魚を捕る風景。大量に捕れた小魚を保存食とする知恵として、塩辛が生まれたようだ。

写真提供(本文):森枝 卓士

和食料理人 野﨑洋光の塩辛レシピ

「塩辛」は大変興味深い食べものですね。酒の(さかな)や白飯のお供としてそのままで食べることが多い食材ですが、意外にもフランスパンなどにも相性抜群。また、火を通すことで生まれ変わります。伝統的な発酵食品を加熱する⎯⎯この新しい味わい方を試してみて。

野﨑流「塩辛活用術」三カ条

  1. 塩辛はアンチョビーソースやナンプラーと同じ発酵調味料と考えて。
  2. 塩辛は調味料として、食材にからみやすく、味がなじみやすい。
  3. 塩辛を加熱すると塩かどが取れ、"優しいおいしさ"になる。