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練りもの教室

アジア練りもの タイ編

  • 講師:ダー先生(料理講師)
  • 講師:森枝卓士先生(写真家、ジャーナリスト)

タイでは、炒めものや揚げもの、煮込み料理などで、練りものや魚のすり身を使ったメニューがたくさんあります。タイ料理のレシピや特徴をダーさんに、森枝さんにはさつま揚や屋台での魚肉団子(ルークチン)のお話をいただきます。(2011年5月取材と寄稿)

練りものを使ったメニューが豊富なタイ料理

ダーさん ダーさん
本名 チョンシター・ダムロンティララットさん。愛称はダーさん。スアン・ドゥシット・ラチャパット大学のインターナショナルカリナリースクールタイ料理特別講師。各国でのタイ料理の指導・タイレストランアドバイザーとして務めた豊富な経験を持つ。2009年よりタイ教育・文化センターのタイ料理コース専任講師に。3児の母であり、同センターのお母さん的存在でもある。

タイ料理は練りものやすり身を使ったメニューが豊富

タイでは、魚介類は一尾づけや切り身のほか、すり身にして調理することも多く、なかでも、「トートマン・プラー」(魚のすり身のさつま揚)や「トートマン・クン」(エビのすり身のさつま揚)が、代表的なメニューになっています。どこの市場やスーパーでも、魚介類のすり身が売られていて、家庭ではそれを購入して調理するのが一般的です。
また、市場やスーパーでは、すり身だけでなく練りものもたくさん並んでいます。日本に比べるとバリエーションが少なく、ボール状のゆでたシンプルなものがほとんどで、炒めもの、サラダ、カレー、麺類など、様ざまな料理に使います。わたしも「パッ・チャー」(唐辛子やにんにくを使ったスパイシーな炒めもの)、「ヤム・タレー」(辛みのある魚介のサラダ)、「ゲーン・パー」(ココナッツミルクを使わない辛みのあるカレー)などによく使っています。
出身地でもあるバンコクでは、24時間いつでも、手軽に屋台で食事を取れるのが魅力で、ボール状の練りものを串に刺してあぶったり揚げたりしてスパイシーなタレにつけて食べる「ルークチン・ピン」「ルークチン・トート」などが定番メニューになっています。
ほかにも、タイでは、近年日本の料理を扱う店が増えていて、なかでは、おでんも見かけます。味は現地に合わせてトムヤム風などにアレンジされていますが、もともと屋台文化が盛んな国ですから、若者たちを中心に親しまれています。

「トートマン・プラー」タイの練りものは食感が大事

「トートマン・プラー」は、普段は“ナイフフィッシュ”で作っています。ナイフフィッシュは、日本ではあまり見かけませんが、タイでは手に入りやすくポピュラーな淡水魚です。

タイの練りものは食感がしっかりしたものが多く、弾力があって歯ざわりのよいほうが好まれます。身質が詰まっていて粘り気のあるナイフフィッシュは、身が練りやすく、揚げたりゆでたりするとプリッとした食感に仕あがるので、すり身にして調理されることがほとんどです。

※Perciformes目Notopteridae科に分類される魚の総称。タイ語の呼び名は“プラー・グラーイ”。

トートマン・プラー

トートマン・プラー

「グリーンカレー」日本の練りものはタイ料理と相性抜群

揚げたもの、焼いたもの、ゆでたもの、野菜やチーズの具が入ったもの、形状も様ざまと、日本の練りものを初めて見たときは、とにかく種類が豊富で驚きました。
そこで、白身魚を具にすることが多いタイの「グリーンカレー」の主役として、笹かまぼこを使うというのはどうでしょう。笹かまぼこは、旨みが出るうえにスープがよくしみ込むので、カレーの具にぴったり。練りものの旨みで、白身魚を使ったときとは違ったおいしさに仕あがります。

日本の練りもののなかでも、笹かまぼこや板かまぼこはしっかりと弾力のある食感がタイの練りものに近いので、炒めものやスープ、サラダなど、ほかの料理に使ってみるのもよさそうですね。

グリーンカレー

グリーンカレー

タイの家庭ではスパイスを常備、料理に適した量を加える

タイでは、どの家庭でも何種類かのスパイスを常備していて、素材のおいしさを引き出すために、料理によって使い分けています。「トートマン・プラー」に欠かせない“バイマックルー(こぶみかんの葉)”や、魚を使った「グリーンカレー」に必ず加える“グラチャイ”など、数種類のスパイスを使っています。

スパイスは独特の風味や香りが強いものが多いので、料理に合わせて適した量を加えることが重要です。初めてタイ料理にチャレンジするときは、しっかり計量しましょう。 耳慣れないものもあると思いますが、今回使ったような代表的なスパイスであれば、最近はインターネット通販だけでなく、輸入食材店や大型スーパーなどでも買い求めることができ、入手が難しくありません。小分けで販売している店もありますので、ぜひ、日本の家庭でもタイの代表的な家庭料理「トートマン・プラー」と「グリーンカレー」を作ってみてくださいね。

スパイスの紹介

  • イマックルー(こぶみかんの葉)
    【バイマックルー(こぶみかんの葉)】

    柑橘系のさわやかな香りが特徴のスパイス。香りづけをするために加えることが多く、「トートマン・プラー」には欠かせません。

  • プリックチーファー
    【プリックチーファー】

    彩りとして使うことが多く、色味を出すために潰してタレに加えたり、そのままでトッピングとして使うことも。赤唐辛子に似ていますが、辛みはほとんどなく、緑色のものもあります。

  • グラチャイ
    【グラチャイ】

    香りづけや匂い消しのために用いられるスパイスです。魚料理に加えることが多く、“タイのしょうが”と呼ばれることも。

  • バイホーラパー
    【バイホーラパー】

    バジルによく似たスパイスで、グリーンカレーの独特の香りを出すために使います。つけ合わせの野菜として添えて、そのまま食べることもあります。

練りものの国タイ、ハーブ香るさつま揚

森枝 卓士(もりえだ・たかし)さん 森枝 卓士(もりえだ・たかし)さん
写真家、ジャーナリスト。大正大学客員教授。1955年熊本県生まれ。東南アジアを中心に世界中で取材活動を行う。カレーの漫画『華麗なる食卓』(集英社)の監修なども。著書に『食べているのは生きものだ』(福音館書店)、『食べもの記』(福音館書店)、『カレーライスと日本人』(講談社学術文庫)、『干したから……』(フレーベル館)など、食にまつわる著書、写真絵本など多数。

食の関係 ポルトガルと日本とタイ

フォイトーンという名前のお菓子が、タイにあります。「金の糸」というような意味で、文字通り、金色の糸を折り重ねたような美しいお菓子です。
市場の甘いものを売っている店などで普通に目にするものなのですけれど、初めて見たとき(というのはすでに30年以上前のことですが)、既視感がありました。どこかで、それ以前に見たことがあるようだと。

思い出したのが、鶏卵素麺。福岡の名物だと思っていましたが、調べてみると、大阪や京都の老舗でも、作っているところがあるようですね。
ともあれ、このお菓子、和菓子というよりも、南蛮菓子と呼ぶべきもののようです。安土桃山時代に南蛮、つまりポルトガルから伝来しました。ポルトガル語では「fios de ovos(卵の糸)」と呼ばれるもので、ポルトガル商人が出入りしていた長崎の平戸に伝来したのです。

それを日本人で最初に製造したのは松屋利右衛門。中国人の鄭という人物から伝授されたということです。利右衛門は1673年に博多に戻って松屋菓子舗を創業し、延宝年間に福岡藩主の黒田光之に鶏卵素麺を献上して御用菓子商となった……というように、詳細まで伝えられています。
金の糸、つまり、タイのフォイトーンのほうも、詳細な物語が少し調べると、出てきます。いわく、ターオ・トーンキープマー、あるいはマリー・ギマルドと呼ばれる日本とタイ、そしてポルトガルの血が混じる女性が紆余曲折の末、王宮の製菓担当となり、これをタイに伝えた。ただ、日本国内の話とは違い、タイのそれはオリジナルの資料がはっきりしないのですけれど。ともあれ、ポルトガルと日本とタイが結びつくお話であることだけは、間違いないようです。そのようなかたちで食が伝えられているということです。

タイの蒸留酒にみる食の伝搬

これでまた、一つ思い出したのが、焼酎や泡盛とタイの蒸留酒(ラオ・ロン)の関係。15世紀初頭、タイから伝えられ、それが現在の泡盛に、また、本土に伝えられたものが焼酎となったと言われています。蒸留技術自体は中東から西へ東へ広がったことは間違いなく、また、泡盛の材料がタイ米であることも、そのあたりのお話の証左でありましょう。
飲食がそのような形でつながっていたということと、1カ国ずつお隣に伝播するということばかりでもないようだということです。

タイのさつま揚とその歴史は?

さて、本題。大学出たての駆け出しの頃、カンボジア内戦等々、ニュース取材のために、タイに数年、住んでいたのですが、その際、見聞きしたり、食べたりしたものから、食文化に興味を抱くようになったのですけれども、とにかく、その頃、鶏卵素麺同様に、既視感、デジャブを感じるような食べものがほかにもありました。

トートマン・プラー。あるいはトートマン・クンと言います。プラーは魚。クンはトムヤムクンのクンで、えびですね。で、トートマンはそのすり身なのです。すり身を油で揚げたもの。日本語で説明されるときは、たいてい、タイ風さつま揚と書かれています。 お味のほうも、まあ、タイの食文化のイメージそのままの、スパイシーなさつま揚といったもの。そう書かずとも、すでに日本国内にいっぱいあるタイ料理のお店でも一般的なメニューです。

レシピを見たらお分かりの通り、赤カレーやグリーンカレーに用いる調味料やスパイスを、魚かエビのすり身と合わせて揚げています。ちょっと独特だなと思われるとしたら、こぶみかんの葉っぱを細く刻んだものを加えていることが多いから。トムヤムクンにもレモングラスと共に加えるハーブです。そのあたりの風味が香るさつま揚のようなものだということ。

ともあれ、その歴史についてははっきりしません。さつま揚のほうは薩摩藩の時代、江戸時代の末頃のようですが、琉球、沖縄で一般的だったチギアギと呼ばれる揚げた練りものが伝わったもののようです。そして、その沖縄のチギアギ、つまり、つけ揚げは中国文化との関係のなかで生まれたものと言われています。

タイの屋台で「トートマン・プラー」を販売している様子。

タイの屋台で「トートマン・プラー」を販売している様子。

東南アジアの食の共通点は発酵

さて、その関係はどのようなものなのでしょう。日本料理とタイ料理をはじめとする東南アジアの料理には、いくつかの共通項があります。魚の発酵食品が存在し、そのアミノ酸などの旨みを好ましく思うというところもそうですし、炒めもの、揚げものという油脂を使った調理法があまりなかったということもそうです。

その 2つは実は関連していて、油脂が用いられないゆえに、「旨み」に敏感になる、その嗜好が発達する点もあるのですけれど(だから、魚醤やシオカラの類も好まれる)。とにかく、日本では安土桃山の頃、南蛮渡来のテンプラあたりから、揚げものが登場するわけで、それまでは唐菓子などほんの少しだけでした。豚の脂を調理に用いた中国と、植物油しか用いなかった日本の違いか。

タイのさつま揚

東南アジアも炒めたり、揚げたりの調理法は華僑の影響が強いようです。山田長政が活躍した時代は、先の混血女性の話にポルトガル人の血が混じることでも分かるように、南蛮の文化も入っています。
そのあたりの関連から、同じような練りものの揚げものが発達した可能性も含めて、想像をたくましくしているのですが、どうでしょう。

この国では「さつま揚」以外にも練りものは豊富です。市場などで焼き鳥のように串焼きにしたり、あるいは串揚げにされているのが、ルークチン。つみれというか、肉団子というか、牛豚鶏など、あるいは魚で作られた団子で串刺しにして、油で揚げたり、焼いたりして食べる軽食です。そうそう、串刺しのバリエーションの中に魚肉ソーセージもあったので思ったのですけど、練りもののなかで肉と魚という区分け自体、ここではあるものなのか。まあ、串刺しというつながりでいえば、日本の串揚げなども、とくにその区別はありませんよね。あの感覚でどちらもあり、の世界だということです。

屋台のルークチン。好みのものを選ぶと手前の炭火で焼いてタレをつけてくれる。

屋台のルークチン。好みのものを選ぶと手前の炭火で焼いてタレをつけてくれる。

タイの魚肉や畜肉の団子 “ルークチン”

そういえば、この路上の屋台の練りもの、ルークチンも、もう少し上品というか、エアコンのきいたところといえば、「タイスキ」にもなくてはならぬものですね。
すでに日本でもずいぶんとお店が増えていますから、ご存じの向きが多いと思いますけど、タイ風すき焼き、略してタイスキ、であります。まあ、そのように呼ばれますけど、実際は中国の鍋の影響でありましょう。中央部に煙突がある鍋は、刷羊肉(シュワンヤンロウ)などのような中国のしゃぶしゃぶのそれから発したもののようです。食材はルークチンの類や海産物、野菜等々様々ですけれども、スープの中で煮て食べる、しゃぶしゃぶの仲間でしょう。坂本九の「上を向いて歩こう」が世界的にヒットした頃、流行りだしたとかで、あの曲の英語のタイトル、「スキヤキ」からその名を借用したのだとか。

この他、タイのラーメンというか、スープ麺というか、クイティオの具でも、ルークチンの類が一般的です。煮たもの、揚げたもの、肉のそれと魚介のそれがたっぷりと、というのがタイスタイル。チャーシュー麺のように特別なものを頼んだわけでもないのに、麺が見えないくらいたっぷりの具で、しかも安いことに驚いたりしたものでしたが、練りものがそれに貢献しているのか。
ともあれ。タイ人は皆、多かれ少なかれ、練りものを毎日、口にしているといってもオーバーではない、そう思われるほどの練りものの国がタイであります。その意味でも日本と共通すると言えるでしょうか。