日本の食文化としてのおせち料理の歴史や成り立ち、地域性に注目しながら、「家庭の魚料理調査」「お正月首都圏調査」「我が家のお正月食卓写真募集」「お正月に関するアンケート調査」4種類の調査結果に基づいて、“正月と魚食”をテーマに構成しました。
行商などの交易伝承や、庶民の信仰の旅などについて、民俗学の視点から研究をなさっている山本志乃さんに、調査の分析と解説をお願いしました。
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日本の食文化としてのおせち料理の歴史や成り立ち、地域性に注目しながら、「家庭の魚料理調査」「お正月首都圏調査」「我が家のお正月食卓写真募集」「お正月に関するアンケート調査」4種類の調査結果に基づいて、“正月と魚食”をテーマに構成しました。
行商などの交易伝承や、庶民の信仰の旅などについて、民俗学の視点から研究をなさっている山本志乃さんに、調査の分析と解説をお願いしました。
正月に食される魚の種類が多種多様であることは先述しましたが、その一方で、全国津々浦々くまなく出現している食材に、かまぼこがあります。
現在、一般的には子孫繁栄の祈りを込めて数の子を、五穀豊穣を祈り田作りを食すなど、正月の食材には様々ないわれがあります。かまぼこは日の出を象徴するとされ、紅色は慶び、白は神聖を意味するとされています。
1979年から毎年実施している「お正月首都圏調査」でも、かまぼこ、雑煮、黒豆、数の子、伊達巻、栗きんとん、煮しめ、昆布巻、なます、なると、田作りといった代表的なおせち料理のなかで、かまぼこは1979年当時からほぼ変わらず1位を占めています。鰤や鮭に代わる正月の魚の一種として認識されているかどうかは別として、魚肉を使ったかまぼこが、おせち料理に欠かすことのできない食材として定番化していることは確かなようです。
かまぼこは、永久3(1115)年、関白藤原忠実が催した祝宴に供されたことが記録されています。「蒲鉾」という字のとおり、当時は竹輪に似た形状だったようで、板付が一般的になったのは江戸時代のこととされます15。
落語に、「長屋の花見」という噺があります。貧乏長屋と世間で評判の長屋の連中が、大家から景気づけにと花見に誘われます。喜ぶ長屋の連中ですが、酒の代わりは薄めた番茶、重箱には、かまぼこ代わりの大根漬けと、玉子焼き代わりのたくあんを入れ、毛氈に見立てた筵にくるんで飛鳥山へ繰り出す─と、このような出だしで始まります。この噺の成立年代は定かではありませんが、大正8(1919)年には上演記録が確かに存在することから、当時の感覚として、かまぼこが祝いの重詰の定番であったことがわかります。そして、大根の漬物という当時の庶民の日常食に不可欠な食べ物との対比によって、少なくとも長屋に象徴される庶民感覚からは、いささか高嶺の花の高級食材であったこともうかがえるのです。
夏目漱石
明治の文豪、夏目漱石の代表作『吾輩は猫である』にも、「口取の蒲鉾」を正月に食べる場面が登場します。こうしてみると、明治から大正にかけては、裕福な都市民の間で、正月をはじめとする祝い事の時に食されていたことがわかります。
昭和11(1936)年の『新時代割烹教本』16には、正月の口取の食材として紅白のかまぼこが紹介されていますが、今日のように全国の家庭のおせち料理として定着するのは、おそらく戦後の高度経済成長期以降のことと思われます。その背景には、高級品から比較的安価なものまでバリエーションが豊富になったことと、冷蔵物流や冷蔵配送、保存技術の発達で、いつでも新鮮な商品を入手することが可能になったことがあります。かまぼこは、今や、正月の家庭の食卓において、もっとも大衆化を果たした魚料理であるといっても過言ではないのかもしれません。
実施年 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | 6位 | 7位 | 8位 | 9位 | 10位 |
2011年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 数の子 | 昆布巻 | なます | 煮しめ | なると |
2010年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 数の子 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | なると |
2009年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 伊達巻 | 黒豆 | 栗きんとん | 数の子 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | なると |
2008年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 数の子 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | なると |
2007年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 栗きんとん | 数の子 | 伊達巻 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | なると |
2006年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 数の子 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | いくら・すじこ |
2005年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 栗きんとん | 数の子 | 伊達巻 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | いくら・すじこ |
2004年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 伊達巻 | 栗きんとん | 昆布巻 | なます | 煮しめ | なると |
2003年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 伊達巻 | 煮しめ | 昆布巻 | なます | なると |
2002年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 数の子 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | なると |
2001年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 伊達巻 | 栗きんとん | 煮しめ | 昆布巻 | なます | 田作り(ごまめ) |
2000年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 伊達巻 | 昆布巻 | 煮しめ | なます | なると |
1999年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 栗きんとん | 数の子 | 伊達巻 | 煮しめ | 昆布巻 | なます | なると |
1998年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 栗きんとん | 伊達巻 | 数の子 | 煮しめ | 昆布巻 | なます | なると |
1997年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 伊達巻 | 煮しめ | 昆布巻 | なます | なると |
1996年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 伊達巻 | 煮しめ | 昆布巻 | なます | なると |
1995年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 伊達巻 | 栗きんとん | 煮しめ | 昆布巻 | なます | なると |
1994年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 煮しめ | 伊達巻 | 昆布巻 | なます | なると |
1993年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 煮しめ | 伊達巻 | 昆布巻 | なます | なると |
1992年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 煮しめ | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 昆布巻 | 伊達巻 | なます | いくら・すじこ |
1991年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 数の子 | 黒豆 | 栗きんとん | 煮しめ | 伊達巻 | 昆布巻 | なます | いくら・すじこ |
1990年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 煮しめ | 数の子 | 栗きんとん | 昆布巻 | 伊達巻 | なます | 田作り(ごまめ) |
1989年 | 雑煮 | 蒲鉾 | 煮しめ | 黒豆 | 数の子 | 栗きんとん | 伊達巻 | 昆布巻 | なます | 田作り(ごまめ) |
1988年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 煮しめ | 黒豆 | 栗きんとん | 数の子 | 伊達巻 | 昆布巻 | なます | なると |
1987年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 煮しめ | 昆布巻 | 田作り(ごまめ) | なます | 栗きんとん | 伊達巻 |
1986年 | 雑煮 | 蒲鉾 | 黒豆 | 数の子 | 煮しめ | 田作り(ごまめ) | 昆布巻 | なます | 栗きんとん | 伊達巻 |
1985年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 煮しめ | 田作り(ごまめ) | 昆布巻 | なます | 栗きんとん | 伊達巻 |
1984年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 数の子 | 煮しめ | 昆布巻 | 田作り(ごまめ) | なます | 栗きんとん | 伊達巻 |
1983年 | 蒲鉾 | 雑煮 | 黒豆 | 煮しめ | 昆布巻 | なます | 数の子 | 田作り(ごまめ) | 栗きんとん | 伊達巻 |
1982年 | 蒲鉾 | 煮しめ | なます | 伊達巻 | 栗きんとん | 昆布巻 | 黒豆 | 酢だこ | なると | 田作り(ごまめ) |
1981年 | 蒲鉾 | 煮しめ | なます | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 昆布巻 | 数の子 | なると | 田作り(ごまめ) |
1980年 | 蒲鉾 | 煮しめ | なます | 黒豆 | 伊達巻 | 栗きんとん | 昆布巻 | なると | 田作り(ごまめ) | 酢だこ |
1979年 | 蒲鉾 | 煮しめ | 黒豆 | なます | 栗きんとん | 昆布巻 | 数の子 | 伊達巻 | 田作り(ごまめ) | なると |
「お正月首都圏調査」より、おせち料理の用意率順位表
*1979年から1982年は「お雑煮」の選択項目は無し。
*調査初期と現在では、調査地域及びサンプル数が異なる。
15.笹井良隆編著『大阪食文化大全』西日本出版社、2010年、p.184
16.越智キヨ著、星野書店、p.87