おせち料理に残る、日本人と魚の深い関係性
お話・江上料理学院 副学院長 江上佳奈美さん
まずは、おせち料理の歴史を紐解いてみたいと思います。
高度経済成長期以前の日常の食事は、飯に一汁一菜が基本で、漁村地域や流通網が発達した都市部などを除いては、肉も魚もほとんど食することがないのが一般的だったようです。一方、正月などの特別な日には、黒豆や数の子などの「祝い肴」の他、海から遠い山間部であっても“魚”を「膳」に加えてそうです。
四方を海にかこまれた日本は、古代から水産物がさまざまな方法で運搬され、朝廷などに献上されていました。そのもっとも古い形が、神さまへの供物である神饌です。
この神饌は、時代を経て正月のごちそうとなり「おせち料理」と呼ばれるようになります。おせち料理は、明治の改暦前まで「年とり膳」として大晦日にいただいていました。年とり膳のごちそうといえば、サケやブリを代表とする「年とり魚」と称される魚でした。

新潟県村上市の塩引き鮭
民俗学者・山本志乃さんは、柳田国男氏の「正月などの節日に魚を用いる習慣の考察」を引き継いだ瀬川清子氏の発言『こうした節日の魚食は、身体的栄養というよりは、むしろ、この吉日に魚を食わなければならない、という精神的栄養に属するものであろう・・・(中略)』に着眼しています。
民俗学的な見地からも、先人は魚介を貴重な食材と感じ、DNAに深く刻み込まれた日本人と魚の切っても切れない関係を伝えてくれます。神の供物であり、高貴な方々への献上品とされていた魚介のごちそうを、たまの正月には庶民も食べたいという思いもあったのでしょうね。
奥村先生が選定した47都道府県のおせち料理にも、魚料理が多くあげられています。
次世代に受け継ぎたい、郷愁を感じるおせち料理
奥村先生に教えていただいた伝統料理は、一部の地域で受け継がれてきた個性的なものも多く、年とり魚や地元野菜を使った料理など素材もバラエティに富んでいて面白いと感じました。
調理法でいうと全国的に煮物が多かったようです。かつておせち料理は元旦から3日間かけて食べられていたので、煮直して食べられるものや、佃煮など甘くしょっぱい日持ちのいい煮物が多くなったのでしょう。炒め物は日にちが経つと状態が変わりやすいので、おせち料理には少ないようです。
おせち料理に多く用いられる魚介も、地域によって調理法が大きく異なります。海沿いなど海産物の豊かな地域は地場の特産品をふんだんに使い、お刺身など魚介をあまり加工せずに食べる傾向にあります。海から遠く雪に閉ざされてしまう地域は、干す、漬けるなど魚の保存技術を発展させ、独特の郷土料理を生みだしてきました。食材の手に入りにくい正月でも魚介をおいしく食べたい、そのための工夫がこらされてきたのです。
山梨県の「煮貝」や岐阜県の「焼イワシ」など、海から遠いエリアでも魚介が食べられているのは、海へのあこがれの一例でしょう。また、山口県のフグは「福」、鳥取県の数の子の和え物・岩手県の筋子など魚卵は「子孫繁栄」、長崎県のクジラのように大きなものを食べることは「太く長く生きる」といった、縁起担ぎやいわれを大事にするおせち料理が各地で作られています。

山梨県「煮貝」

岐阜県「焼きイワシ」

山口県「フグ刺し」

鳥取県「数の子の大根おろし和え」

岩手県「サケの紅葉漬け」

長崎県「クジラ」
伝統のおせちを再現して印象にのこったこと
今回、全国のおせち料理を作ってみて特に印象的だったのは石川県の「タイの唐蒸し」で、味も見た目もお正月の特別感を感じるハレの日の料理でした。また、シンプルな料理ですが富山県の「べっこう(えびす/べろべろ)」や、宮崎県の「きんかん煮」はごちそうの合間の箸休めにもなって、とてもおいしかったです。ぜひ皆様も、お気に入りのレシピを探して作り、味わってみてください。

石川県「タイの唐蒸し」

富山県「べっこう(えびす/べろべろ)」

宮崎県「きんかん煮」
おせち料理にはハレの日のごちそう料理と、普段から食べているおかずの両方があり、正月にしか食べられない料理も数多く存在します。郷土を離れた人も、正月に里帰りした時に自分を育んだ味にふれ、郷愁を感じるのではないでしょうか。
おせち料理はヘルシーで食材のバランスもよく、地域性もある。リッチなハレの日の料理もあれば、ほっとする料理もあって、とても素晴らしい食文化だと改めて実感しました。奥村先生の紹介された料理の中には、いくつか失われつつある料理法もありました。正月くらいは伝統料理を食べ、その地域ならではの食文化を守っていきたいですね。