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お正月のいわれ

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お正月のいわれ文庫

お正月と年神さま

お正月と年神さま 民俗学者 久保田 裕道

民俗学者 久保田 裕道(くぼた ひろみち)

正月には、各家にやってくるとされる「年神様」。年神様とはどんな神様なのでしょうか。また、正月は各家で行う祭りでもあり、祝い方も少しずつ違います。日本全国にはさまざまな正月の過ごし方があるのです。

お正月は家の祭り

やってくる神さまをおもてなしすることは、なにもヤマドッサンやアエノコトのような特別なお祭りばかりではありません。私たちの家でも、お正月になるとさまざまな方法で年神さまをもてなします。これは、一種の「祭り」と考えていいでしょう。祭りといっても、神社や地域で行う大きな祭ではなくて、家の中の祭りです。年中行事は「家の祭り」なのですね。その家の祭りのなかでも、最も大きいのが正月なのです。

そして家の祭りで最も大切なのが、食物。神さまに供え、そしてそれを神さまとともに家族が食べることによって、神さまの力にあやかることができるというわけです。現在でこそ、いつでもご馳走を食べることができますが、かつては特別な食べ物は、特別な日にしか食べることができませんでした。餅などは、まさにその典型。

餅が霊力をもっていることは、既に述べた通りです。お正月にはその餅を、例えば「雑煮」にして食べます。雑煮というのは、もともと茶会席などの晴れの食事を指していましたが、餅と結びついて正月に特化されてきました。神に供え、稲の霊力を宿した食べ物を、神と人とが共に食するというのが、雑煮を食べる大切な意味となるのです。

ただ、一口に雑煮といっても日本は広いので、地域によってさまざまなバリエーションがあります。餅だけとってみても、関東の切り餅、関西の丸餅の違いがあり、焼き餅か煮餅かでも異なります。さらに調理が、東日本ではすまし汁、関西で味噌仕立て、山陰で小豆汁、中国・四国・九州でまたすまし汁といった傾向に分かれます。

さらに興味深いのは、「餅なし正月」があること。これは読んで字の如く、正月に餅を食べないという決まりがある家や地区のことです。なぜ食べないかというと、かつて貧しくて餅が食べられなかったからだとか、訪れた貴人が餅を欲しがったのに振る舞わなかったことを悔いてだとか、理由はさまざまです。でももう少し突っ込んでとらえてみると、日本には餅の代わりに、山芋や里芋を食べたりする風習も見られるのです。これはかつて日本が稲作文化だけではなく、芋を中心とした畑作文化があったことの名残ではないかとも考えられています。日本の年中行事は、基本的に稲作文化にあわせて作られていますが、もしかしたらそれにあてはまらない文化までもが複合しているのかもしれません。

そして正月の儀礼食でもう一つ大切なのが「おせち料理」。「おせち」の「せち」とは「節」のこと。「節供」の節ですね。ですからもともと節供のような年中行事で食べる料理という意味だったわけですが、徐々にお正月の料理に限定されていきました。ですから、雑煮もおせち料理と言っていいわけですが、一般には重箱などに詰めたおめでたい料理を指します。

このおせち料理、今ではもちろん年が明けてから食べますが、もともとは大晦日の夜から食べていたようです。昔の暮らしでは、一日が終わるのは日没だったのですね。日が沈めば一日が終わり、そして翌日がやってくる。だから、大晦日の夜は「年取り」であって、「年取り膳」などを食べて祝ったのです。今でも東北地方などでこの年取り膳の風習が残っていますが、一般的には「年越しそば」になってしまいました。でも大晦日に限って夜に食べたり、夜遅くまで起きているのは、もともと年神さまを迎えて祀る、大切な祭りが始まっていたからなのです。また、「満」年齢が普及する以前の「数え」年齢では、誰もが新年を迎えると同時に一歳ずつ年をとりました。これもまた、お正月の重要な意味でした。

それから、お正月に親戚などが集まって飲んだり食べたりすることを「セチ」と呼ぶ所もあります。神さまだけではなく、人間同士のコミュニケーションの役割も果たしていた訳ですね。そしてこのおせち料理も、時代や階級、そして地域によってさまざまな種類が生まれました。現在一般的なのは重箱に詰めるタイプですが、むしろ一人一人のお膳だったり、大皿に盛ったりする方が、かつては多かったようです。中身も地域によって様々でしたが、比較的に共通してみられるのは、「煮しめ」だと言われます。

お正月を祝おう!

さて、ここまで年神さまについて見てきましたが、なんとなく判ったような、判らないような…。でも、それでも構わないのです。大切なのは、お正月には門松や鏡餅を飾ったり、家族そろってお雑煮やおせち料理を食べたり、初詣に行ったり書き初めをしたり、凧あげや羽根つきをしたり、そんなわが家ならではの正月をしてみることです。そして時には、その背景に長い歴史の中で育まれてきた豊かな文化が息づいていることを思い出していただけたら、と思います。

久保田 裕道(くぼた ひろみち)

1966年千葉県生まれ。博士(文学)。民俗学者。國學院大學兼任講師。東村山ふるさと歴史館学芸員。民俗芸能学会理事。儀礼文化学会幹事。 主な著書に「神楽の芸能民俗的研究」(おうふう)、「『日本の神さま』おもしろ小事典」(PHPエディターズグループ)、共著に「心を育てる子ども歳時記12か月」(講談社)、「ひなちゃんの歳時記」(産経新聞社)など。