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紀文・アジア練りもの紀行 vol.1 ベトナム編

紀文・アジア練りもの紀行 vol.1 ベトナム編

 

多民族、多宗教の国の食文化はややこしい。  
今となっては常識だと言われるかもしれませんが、それを実感したのは今から三十年ほど前のことなのです。その経験が「食の文化」というものへの関心を、抱かせたのかもしれないという忘れられない思い出。

マレーシアの首都、クアラルンプール近郊の日系企業の工場を訪ねたときのことです。何かの雑誌の取材でしたが、ともあれ、取材を終えた頃にはちょうどお昼時。これも、また興味深いはずですと、社員食堂での昼食に誘われました。
 名前をいえば誰でも知っている大企業の、巨大な工場です。社員食堂も広大なものでした。ビュッフェスタイルで、お料理が何十と並んでいます。お好きなものをどうぞと。中華もマレー料理も、それから、インド料理も並んでいます。
さて、何を食べよう。と眺めながら考えていたところであることに気付きました。お肉は鶏だけ。それと魚介だけだったのです。

もとより、イスラム教徒であるマレー系と、ヒンドゥー教徒のインド系、そして儒教や仏教などの中国系等々の多民族の国であることは周知でしょう。それにしても、屋台街や食堂街(フードコート、ホッカーセンター)では豚肉も牛肉も並んでいたはず。

森枝卓士
(もりえだ・たかし)
さん

森枝卓士さん
1955年、熊本県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。
著書に、「手で食べる?」(福音館書店)、「旅、ときどき厨房」(ポプラ社)「食べてはいけない!」(白水社)、「日本の『伝統』食」(角川SSコミュニケーションズ)など多数。

訝しがっていると、同じキッチンで聖なる牛、あるいは汚れた豚など調理されることも許容されないのだという話。共通項として食べられるものは鶏と(この場にはなかったですが)羊、それに魚介だけということだったのです。
マレーシアでの経験ですが、多数派がマレー系ではなく、中国系になるとはいえ、民族の構成などでは同じシンガポールでも、あるいはインド系はほとんどいないにしろ、イスラム教徒と華僑中国系という混合では、インドネシアでも基本的な事情は同じです。

ニョクマム工場のようす 撮影/森枝卓士共通項として食べられるものは鶏と魚介、それに、(ここでは…)羊だけだったのです。さらに詳しく述べると、インド系では淡水魚には忌避があったりしますし、鶏や羊は問題ないとはいえ、イスラムの約束事に従って屠畜されたものしか許されないとか、まあ、色々とありますが、とにかく、海の魚介が豊富な地域ですし、それがもっともタブーから遠いということです。
というわけで、本稿の主題、魚介のすり身、練りものです。
改めて、その多様な民族の食を思い返していて、温度差のようなものがあることに気付きました。練りもの食品が豊かな民族と、そうでない民族がいるということです。
少ない方から言うと、インド系でしょう。マレーシア、シンガポールに多いのは、南インドのタミール系なのですけど、海が広がる地域の出身ですから、当然のようにシーフードの料理はいっぱいあります。

市場でも、魚はたくさん売られている 撮影/森枝卓士フィッシュヘッドカレーのように、この地域に移り住んだところで作り上げられた食の文化さえあります。やはり、タミール系の人々が多く住む、スリランカなど、鰹節にそっくりなもの、モルジブフィッシュがだしに使われるほど、海産物には馴染みが深いのですが、練りものといえば、微妙です。南部の海辺の地域では、英語でいうところのフィッシュケーキとか、クロケット(コロッケ)の類があったような記憶がありますが、全国区ではないようです。
動物の肉でしたら、北インドの方ですけど、シークカバブと呼ばれるミンチの肉をスパイスと一緒にこねて串に刺し、タンドールで焼いたものなどあれこれ思い浮かびますが、魚の印象は薄いのです。
何故、少ないのかという疑問の答えは難しいですけれど、どうしても煮込む料理が多いですから、肉はともかく、さほど堅くて食べにくいということがない魚介の場合は、そのような工夫が発達しなかったということではないかと想像出来る程度。
インド系とは反対に、そのバリエーションが豊富で楽しいのが、やはり、中国系です。たとえば、シンガポールやマレーシアのフードコート、ホッカーセンターでも定番のひとつがヨンタオフー。こちらのおでんのようなものという紹介をされることが多いようですが、まさに。魚介の練りものを揚げたもの、茹でたもの等々と豆腐や野菜、ワンタンのような具がおでんのように煮込んであるものです。豆腐に詰めもの(それも魚介の練りものが多いか)をしたものが必ずといっていいほどあり、そこから、この名前も出ていると思われます。それと御飯を食べたり、スープ麺を一緒に食べたり。
スープ麺といえば、ラーメンのようなというか、湯麺の類でも、具に魚介の練りものというのは定番です。もちろん、肉が具というものもいっぱいありますけれど、同じように練りものも麺類の具であるということなのです。
このあたり、つまり、東南アジアの島嶼部の中国系といえば、福建系や(広東省の一部である)潮州系あたりが多数派で、海南島や客家〔ハッカ〕も少なくありません。つまり、海に近い一帯の出身者が多いということです。そのおおもとの食文化に魚介が多く用いられていたということで、さらに、この海の魚介が豊富な地域でありますから、その文化が花開いているということなのでしょう。

そういえば、練りものとは直接は関係ありませんけど、歴史的に生魚は食べないと思われている中国系の人々の中にも例外があります。その名も魚生〔ユーシェン〕。生魚の切り身に各種の野菜を合わせ、油や柑橘の汁を混ぜて食べるものが食べられます。屋台で食べた覚えもありますけど、特に春節、つまり旧正月のご馳走といえば、これを家族一緒に食べるのがお約束というようなものです。それだけ、魚介に親しみ深い食文化の地であると言えると思われます。だからこそ、練りものの文化も豊富なのでしょう。
ところで、マレー系やインドネシアの人々にとっての練りものですが、先のヨンタオフーのようなものは共有していると言えます。豚肉のようなイスラムの食のタブーに引っかかるものは使われていないものは、彼らにとっても抵抗のない一般的な食べ物だということです。それに加えて、もっともローカルに一般的なものがオタオタでしょうか。
魚のすり身をバナナの葉っぱやパンダンリーフ(タコヤシの葉。海南鶏飯〔ハイナンチーファン〕=シンガポール風チキンライスの風味付けに用いられたり)で包み、その上で焼いたものです。包む葉の香りやら、ココナッツミルクの風味などもあり、如何にもこの地域の味わいが楽しい。スパイスのきいたものやら淡泊なものやら多様です。
マラッカを中心に、ニョニャ、あるいはババニョニャと呼ばれる中国系とマレー系の混じり合った文化があります。基本的には宗教の違いもあり、現在でも通婚は少ないですが、その昔、古都マラッカにやってきた華僑は男が多く、その地の女性と結婚して作り上げられたのがニョニャと呼ばれる人達であり、その文化です。そのあたりの有り様から、中国からの伝来という可能性も考えられますが、資料があまりなく、はっきりしません。それぞれの土地で独自に発展した可能性もあり得ます。石などの臼で食材を摺り潰して料理する調理法が(日本まで含めて)共通しますから。

書いていて、思い出しました。やはり、三十年ほど前。クアラルンプール郊外の住宅地。普通の住宅をそのまま利用した、看板もない予約だけの中華のレストラン。登場したのはカマスのような焼き魚、そのまま食べられるという。それもそのはず、中はすり身。エラか口から魚の中身を全部抜き、その上ですり身にして詰めたものでした。さて、あの不思議は今もあるものか。

森枝卓士
(もりえだ・たかし)
さん

ワット・キム・イエンさん11955年、熊本県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。
著書に、「手で食べる?」(福音館書店)、「旅、ときどき厨房」(ポプラ社)「食べてはいけない!」(白水社)、「日本の『伝統』食」(角川SSコミュニケーションズ)など多数。