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お正月のいわれ

江戸文化と和の暮らし −日本人とおせち−

江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)

元 江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)
江戸の暮らしはシンプル&スロー、つまり自然や人との共生を志向していました。おせち料理が庶民に定着したのは江戸時代。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

もてなしの心、共助の心

和歌山の侍は、江戸に来た時に、江戸の商人あるいは江戸っ子の態度にとても驚いています。侍が和歌山に戻って書いた『江戸自慢』には、こう記されています。

「一、商人の慇懃にして恭敬なる事、和歌山とは雲泥の相違にて、一銭のかい物にも三拝九拝し(中略)。 一、 人気の荒々しさに似ず、道を問へば下賤の者たり共、己が業をやめ、教えること丁寧にして、ことばのやさしく恭敬する事、感ずるに堪たり。」(『江戸自慢』)

江戸の商人は、「一銭のかい物」つまりいくら安い買い物の客にも何度も頭を下げている。金持ちそうな客には頭を下げ、みすぼらしい客は客扱いしないなどという差別するような態度はなく、どんな客でも丁寧に扱ってくれると、感心しています。そして、江戸っ子は、一見ことば遣いも荒々しく乱暴に見えるが、道を尋ねると、みんな自分の仕事の手を止めて、その人の顔をみて丁寧にやさしく教えてくれる。和歌山の侍は、年中道に迷って道を尋ねていたが、いつでもみな親切に教えてくれたと感激しています。

江戸の人々には、困った人には非常に親切であり、もてなしの心があったようです。それは、個人だけのことではなく、都市江戸の大きな特徴でもありました。シーボルトは江戸の都市環境について、日記に次のように書いています。

「無人販売 江戸では、人が足繁く訪れる場所、寺の境内などの壁や垣根のそばに、およそ2フィートの箱がよく置かれている。そこではさまざまな小間物の必需品、楊枝などが、しっかり値つけて販売されているが、売り手はいない。客はなんでも好きなだけ手に取り、お金を足元にある小さな引き出しの中に入れる。世界で最も人口の多い都市の一つがこうである!この商売は貧しい家族、貧しい人々を支えるために、すべての町人たちとの信頼によって成り立っている。」(『シーボルト日記』)

シーボルトとは、国禁の日本地図を国外に持ち出そうとして追放されたあのシーボルトです。幕末に開国した日本へ再びやってきて、江戸の町の治安のよさと、江戸の人の共助の心に敬服しています。人が大勢集まる盛り場で無人の販売が行われており、その商品をただで持ち去る者はおらず、きちんと代金を払っていく。そのお金を盗む者もいない。多分この売り手は家族の病気を介護しているとか、自分自身が病気で朝、商品を盛り場に置き、日中は安静にして休み、夕方集金するような身の上の人であろう。このように、貧しい人を支えるため、100万都市江戸の町人には信頼関係が築かれているということに、シーボルトは驚いているのです。

終わりに

ともに助け合う町、江戸は共生の心にあふれた都市でした。そこで人の暮らしも、シンプルライフ、スローライフ、つまり自然との共生、人との共生を志向していました。これこそ和の暮らしといってよいでしょう。正月に代表される一年の節目節目に自然への感謝、人への感謝を込めて家族が集まり、ハレの食物(おせち)をともにし、地域の人々へも振舞うといった風習を今後も大切に育んで生きたいものです。

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