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お正月のいわれ

江戸文化と和の暮らし −日本人とおせち−

江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)

元 江戸東京博物館館長 竹内 誠(たけうち まこと)
江戸の暮らしはシンプル&スロー、つまり自然や人との共生を志向していました。おせち料理が庶民に定着したのは江戸時代。江戸の庶民が親しんでいた和の暮らしと、現代の暮らしについて振り返り、見直してみたいと思います。

正月の「おせち」

正月ばかりでなく、年に何回もお節はあったのですが、一番大切なのは正月だということで、正月のお節が残りました。そして正月のお料理、それがおせち料理となりました。 「年のはじめに、いわゆる振舞などすることを節(せち)という」(本居宣長『玉勝間』)という記録もあります。

正月の神様を「歳徳神」といいます。また、「恵方神」「正月神」ともいいます。一年の幸福や五穀豊穣を祈って、今年の縁起のよい方角に神棚を設けて神様をまつり、お供え物をします。おせちというのはそのお供えものを指します。それを後で神棚からおろして食べる場合と、同じものを神様と一緒に食べる場合がありますが、どちらの場合も、一年の幸せの祈りが通じるように、気持ちは神様とともに食べるのです。それが本来的なおせちの意味です。

べか「中でながし合おうか」さる「ウンニャ。さうしてはゐられねへ。今に九ツが鳴るだらう。早く帰ってお節の支度をせにやアならねへ。おめへン所はおむし味噌の雑煮か」 べか「うんにゃ、やっぱりしたじ醤油のお雑煮さ」さる「そりゃア奇特だのう。おらン所も醤油さ」

さるは、べかに風呂に入ってながし合おうと誘われましたが、もうすぐ12時になるので、早く帰っておせち料理の支度をしなくてはならない。おまえのところは味噌の雑煮か?と聞くといや、べかは醤油の雑煮だよという。それは感心だな。うちも醤油の雑煮だよと答える、という日常会話に正月のおせち=雑煮の話が入っています。また、おゑこ「番頭さん、もうお昼をしめたか」ばんとう「しめた、しめた」 おゑこ「おいらも今お節を祝ッた。腹ごなしにどんぶり温まらうという腹だが、大きな腹だよのう」

お昼をしめたというのは、お昼を食べたという意味です。おせち料理をたくさん食べて、腹ごなしにお風呂に入ろうと思うが、膨らんだ自分の腹を見て、大きな腹だと感心しています。このように、庶民の中にもおせち料理は定着していました。

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