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はんぺんはいつ、どのように生まれたのでしょうか?なぜ「はんぺん」と呼ばれているのでしょうか?
これには、様々な説があって、今だ定かではないところもあるのですが、そのいくつかをご紹介します。
はんぺんはその昔、「半片」「半平」と記されました。室町時代末期の料理書「運歩色葉集」(1548年)や「今古調味集」(1580年)には「半片」「半弁」「鱧餅」などの漢字が当てられています。その作り方は、魚のすり身に山芋を入れて作ると言う記録があり、「半片」「半弁」「鱧餅」は現代のはんぺんに近いものだったと考えられます。このころ“しんじょ”も食されていたようで、ともにさらに豆腐や卵白、くず粉などを入れている例もあり、はんぺんもしんじょも似たようなものだったと思われます。
「半平ハ蒲鉾ト同ジク磨肉也。椀ノ蓋等ヲ以ッテ之ヲ製ス。蓋、半分ニ肉ヲ量ル。故ニ半月形ヲ以ッテ名トス。」
(「守貞漫稿」・1837年)
つまり、魚のすり身をお椀のふたで半円形にかたどって作られたので、はんぺんと言われるようになったという説です。
江戸時代の「庖丁塩梅」は現代でいうなら雑誌。そこに珍しい説がありました。
「半餅の筆誤、方餅(フワンピエン)の訛、長崎の土語より伝わる。・・・」「庖丁塩梅 二二集」(1888年)
同じような説が「料理百珍」(1898年)にも書かれています。
「虚南留別志」(1834年)によると、駿河の国、今の静岡県の料理人、半平が魚のすり身で柔らかな料理を作って出したのが始まりとか。その“半兵衛”の名が付き、それが訛ってはんぺんになったという説や、源氏方にあって半分平家に味方したから半平とか、こじつけだろうと思われる面白い説もたくさん残っています。
前出の「守貞漫稿」(1837年)に見られるように、江戸時代初期に関東の魚場ではんぺんが作られていたという文献が残っています。この他にも多数の文献にその名を残していることから、江戸を中心に広く食されていたことは確かです。
さっと焼いたり、椀だねとして使われたり、手っ取り早くおかずになることが、何事にもせっかちな江戸っ子気質にぴったり合い、江戸の名物として人気を博していたといわれています。
竹輪鱧へい「大根をほそく丸むきにして、すり身を付けて、さっと湯にして、小口切にする也。」(料理伝・1750年)
★竹輪の竹の代わりに大根を使っているアイデア料理ですね!
切りはんへん「これは只はんへんを切て使ひしまでなるべし。夏のこんだて杉割籠の内に見えたり。」(日本料理法大成・1923年)
★これ以上ないかんたん料理です。やっぱり夏は火を使わずにあっさりと涼しげな料理が好まれたのでしょうか?
豆腐半弁「とうふはんぺりと料理献立集にあり。煮物○がんゆでとり、とうふはんぺり、ゆにしてわさびみそかけて。○とうふはんぺり、小鳥みそかけて。」日本料理法大成・1923年)
★なんだか手が込んだ料理のようです。懐石料理の一品のようなイメージがふくらみますね。
はんぺん豆知識 参考文献:「かまぼこの歴史」著者 清水 亘 (日本食糧新聞社発行)
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