
おでんはこうして生まれた
- おでんの元祖は、串に刺した豆腐のみそ焼である
その呼称は、串刺し豆腐の姿が1本の竹馬で跳ねて踊る「田楽舞」に似ていることから田楽→お田となった
- おでんは江戸の町で、"屋台料理"として広まった
- 江戸の町にはおでん屋に並んで天ぷら屋、すし屋、そば屋の屋台が多く見られた
- まもなく大阪に伝わった煮込みおでんは、「関東煮」という呼び名で、 それまでの味噌おでんと区別されたといわれる
- 明治以降、関東では人気が衰えていたおでんは、 関東大震災の"炊き出し"として復活したといわれる
- 近江地方・目川の古い郷土料理"目川田楽"は、 豆腐を水で溶いた葛に通してあぶり焼きにするもの
文献に残るおでん
- 元祖おでんの最古の記録は、「利休百会」(1587年)の献立の中に残っている
有名な豆腐料理の本「豆腐百珍」(1782年)には、木の芽田楽、 きじ焼き田楽など11種の田楽が紹介されている
- 「続編豆腐百珍]では、みたらし田楽、あづま田楽など14種の田楽を紹介
- 江戸末期の風俗書「守貞謾稿」(1838〜53年)には、 「味噌をつけて焼いたものならなんでも田楽という」と、記されている
- 「浪花の風」(1856年)には「この地にても蒟蒻の田楽をおしなべて おでんという」とあり、こんにゃくのおでんが関西で始まったことをうかがわせる
こんなところにもおでん登場
- 芭蕉はこんにゃく好きとして有名だった
- 作家の故・開高健はおでん、特にサエズリのファンとして有名だった
- 「夫婦善哉」の蝶子・柳吉夫婦が開いたおでん屋は、2人の名をとって"蝶柳"
- 落語「コンニャク問答」では、卵を"御所車"と呼ぶが、これは中にキミ(昔は高貴な人の呼称だった)が入っていることから
- おでんの俳句1:おでん屋の波形障子ざんざ降り(誓子)
- おでんの俳句2:戸の隙におでんの湯気の曲り消え(虚子)
- おでんの俳句3:塗箸の赤くたのしきおでんかな(万太郎)
- 赤塚不二夫の漫画「おそ松くん」のチビ太が持っているおでんは、 こんにゃく、がんも、なると巻
- 歌舞伎「四千両小判梅葉」の主人公富蔵は、おでん屋の仮面をかぶった金蔵破り
おでんだねのヒミツ
- 大根は本郷の老舗「呑気」で、主人が自分の食事用に煮ていたものを客が所望したことから始まった
- ふくろもやはり「呑気」が元祖
- ねぎまは、昔は捨てていたトロの利用法として考えられたもの
- 粋人の好むおでんだねとしてよくいわれるのは「がん・ちく・とう・だい(がんも・ちくわ・豆腐・大根)」
- 練り製品は英語で"フィッシュ・ケーキ"
- 揚げ類など油を含んだたねには、塩味をまるくするという役目も
栄養の王様
- 大根には、デンプンの消化を助けるジアスターゼが含まれる
- 昆布には、ビタミン、ミネラルが含まれる。
- じゃがいもは炭水化物が主成分だが、意外とビタミンCも豊富
- 厚揚げやがんもなどの大豆加工品は、ビタミンEが豊富
- ちくわ、はんぺんなどの練り製品は、もちろん高タンパク・低コレステロール
- こんにゃくには「体の砂をはらう」と昔からいわれる
おいしくおでんを食べるための裏ワザ
- おでん屋は開店から2時間後位に行くと、よい煮上り具合のたねにありつける
- おでん屋ではまず店の味付けの傾向を知るため、大根やこんにゃくなど、長い煮込み時間の必要なものから注文するとよい
- 「海の家」のおでんは、泳ぎ疲れた客を考えて、濃い目の味付けになっている
- 余ったおでんの利用法1:煮ころがし風に甘辛く煮つめてお弁当に
- 余ったおでんの利用法2:網でこんがり焼いてお酒の肴に
- 余ったおでんの利用法3:細かく刻んで炊き込みご飯に
おでんの名脇役
- おでんに辛子をつけるようになったのは、煮込むようになってから
- 辛子は、衛生のよくない屋台で、殺菌のために利用したのが始まりといわれる
- 粉辛子を番茶で練るとアクが抜け、辛味が冴える
- 茶飯は歴史の古い食べ物で、元々はその名の通りお茶で炊いていたが、 江戸時代に醤油が広まり出した頃から、しょうゆも使われるようになった
- 江戸の町などにあった茶飯屋ではあんかけ豆腐が添えられるのが一般的だった
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