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紀文の季節;鍋、おでん、豆乳鍋の知識を満載

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なべ;冬はやっぱりお鍋でしょう。山海の幸に恵まれた日本では、各地に自慢のお鍋があるのです。

日本の鍋物の歴史 鍋は日本の伝統食?

意外!鍋の歴史は200年

通常、私たちが鍋物と呼ぶのは、卓上で鍋を火にかけ、調理しながら食べる料理のこと。いかにも煮物料理の原点といった料理です。

世界には中国の「火鍋(フォクオ)」「砂鍋(シャークオ)」を使ったさまざまな鍋料理、韓国のチゲ鍋、スイスのフォンデュ、フランスのブイヤベースなど鍋物と呼ばれるものがありますが、直箸で「つつきながら」食べる国はあまりないようです。

というと、鍋物はいかにも古くからあった伝統料理のようですが、実は鍋ものが料理として確立されてから、わずか200年あまりしかたっていません。おでんやすき焼き、ちり鍋などが広く普及し始めるのは、江戸も末期にさしかかる頃のことなのです。

「鍋」を食卓に出すのはタブーだった

1643年刊の「料理物語」には「なべやき」という料理が記されています。これは魚や野菜をみそで煮て(ただし食卓の上ではなく、炊事場で)鍋ごと食卓に出すというもの。当時の世でこれを正式な料理として発表するのは、実に画期的なことでした。

というもの、鍋は最も基本的な炊事具であり、古来神聖なものとされてきていたからです。日本に鍋の原形「鼎(かなえ)」を伝えた中国では、鼎を王室の礼器として使っていたほどです。鍋を直箸で汚すなどもってのほかでした。

加えて、日本の正式な料理は、ひとつひとつ皿に分けられ、身分や地位によって、また家庭でも主人と他の者とでは、皿数や盛り方が異なり、食事の場や時間さえ別でした。

ですが、できたてを熱いうちに食べるー美味、という何よりの魅力が制度や習慣を超え、広まり始めるのに、そう時間はかかりませんでした。

1700年代後半から1800年代前半にかけての料理書には湯豆腐、鶏鍋、シャモ鍋といった鍋物が次々と登場してきます。やがて南蛮よりしっぽく料理が伝わり、人々の間に、大勢でひとつの鍋を囲む楽しみが浸透したことから、鍋ものは大ブームを呼んだと言われています。

鍋ブームの土台は「囲炉裏」文化

実は日本にはこの食事形式を受け入れる大きな土壌がありました。それは、古くから農村で行なわれていた「囲炉裏」での食事です。囲炉裏は竪穴式住居の跡にも見られるほど、古い歴史を持つもの。そして、囲炉裏のない町屋で、鍋を神聖なものとして崇めていた時代にも、農村ではずっと、囲炉裏を囲む食事が続けられてきていたのです。卓上で調理する、直箸でつつく、といった定義からは外れているものの、鍋物の最も大きな特徴である「皆で囲む」食事形式は、まさに囲炉裏での食事そのもの。鍋物の本当の原点は、この「囲炉裏」での食事にあるのかもしれません。

やがて江戸の「鍋物の流行」と農村の「囲炉裏での食習慣」が交差して、日本は鍋物大国になっていくのです。地方で季節ごとに手に入るありあわせの材料を使って作っていたごった煮は、町で始まった鍋物の流行により、「郷土料理」と呼ばれるお国自慢の料理になりました。

なまにへなうちになくなる小なべだて 「柳多留」(1785年)

現在「小なべだて」と言えば小人数で囲む小さな鍋のことを指しますが、当時は囲炉裏にかける大鍋に対し、食卓に持ち出すものをこう呼んでいました。

まだ生煮えだというのにあちこちから箸がのびて鍋は空ー江戸の町に鍋もの屋が流行り始めた頃のこの一句は、鍋物がおいしさだけでなく、なごやかで楽しい雰囲気作りに一役買っていることを物語っています。

もちろん今もそれは同じ。家族だんらんの機会が減った現代ではなおさら、「鍋物」は家族の絆を深めてくれる温かい料理です。普段、玉子ひとつ焼かないお父さんが、すっかり「鍋奉行」と化し、あれを食え、これを食え、これは煮えた、これはまだだ、と大はりきりするのもあるいは昔からの風習なのかもしれません。

なべのい・ろ・は