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お正月のいわれ

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お正月のいわれ文庫

お正月と年神さま

お正月と年神さま 民俗学者 久保田 裕道

民俗学者 久保田 裕道(くぼた ひろみち)

正月には、各家にやってくるとされる「年神様」。年神様とはどんな神様なのでしょうか。また、正月は各家で行う祭りでもあり、祝い方も少しずつ違います。日本全国にはさまざまな正月の過ごし方があるのです。

祖霊信仰の年神さま

祖霊信仰の年神さま

奥能登地方で行われている「アエノコト」。
裃(かみしも)をつけた家の主人が、田の神に食事を勧めている。

日本人が考えてきた典型的な神さまというのは、一言でいえば「ご先祖さま」です。ご先祖さまと言うと、仏教的なにおいがしますが、これは仏教が死者の祭祀に強い影響力を持っていたからです。日本人の古くからの考え方では、人間は亡くなってから33年などの一定期間を過ぎると、先祖の仲間入りをするとされています。では、そのご先祖さまはどこにいるのでしょう。決して天の彼方に行ってしまうのではなく、生まれ住んだ地域の山に上って、山の上から子孫の暮らしを眺めている、そんな存在であったようです。これを民俗学の用語では「祖霊神(それいしん)」と呼び、その信仰を「祖霊信仰」と称します。もちろん、実際に伝えている人々がそんな名前で呼んでいたわけではありません。

そして春になると、山からこの神さまを里に迎え、子孫たちの行う米作りを見守ってもらいます。そうなると、この神さまは「田の神」と呼ばれるわけですね。そして秋の収穫を終えると、また山に送ります。山にいれば、今度は「山の神」と呼ばれるわけです。このように、春と秋に神さまが行ったり来たりする、これが祖霊信仰の典型的なパターンだといえましょう。石川県の奥能登地方には、12月5日に田の神を家に迎えて、あたかも目の前に神さまがいるかのようにご馳走を勧めたりお風呂を勧めたりする「アエノコト」という行事もあります。山に送るのとは少し異なりますが、12月に家に迎えて、2月に再びもてなして送り出すのです。

さて、前置きが長くなりましたが、この祖霊神こそ年神さまの本来の姿なのです。といっても、秋になって山の神となった祖霊神が正月には年神さまに変身するという言い伝えがあるわけではありません。それぞれの神さまは、あくまで別々に伝えられているのですが、年神さまのさまざまな事例を見ていきますと、これもまた田の神同様に、近くの山から迎えてくる祖霊神だということになるのです。

わかりやすい例を挙げれば、「門松」でしょう。今では買ってくることが多くなりましたが、本来は近くの山に行って採ってくる「松迎え」をします。門松というのは、神さまがそこに依りつくための「依り代」ですから、それを山から採ってくるということは、つまりは神さまを山からお迎えするということになります。

そして年神さまを迎える場所には、「しめ縄」を張って聖なる空間を作ります。このしめ縄は、秋に収穫された稲の藁(わら)で作ります。田の神に見守られて育った稲には、「稲魂(いなだま)」という霊魂が込められていると考えられていました。その稲藁で作るからこそ、聖なる空間を作り出すことができるとも言えましょう。

またこの稲魂が込められた食べ物が「餅」。特に、丸くして積み重ねた「鏡餅」は、心臓の形、つまりは霊魂をシンボル化したものと考えられています。霊力がこもった餅だからこそ、神さまにお供えし、そしてそれを人間が食べることによって、新たな力が授けられるというわけなのです。

こんなふうに、さまざまな風習を通して年神さまを感じることができますが、地方によってはもっと直接的に年神さまを迎えているところもあります。例えば、兵庫県の淡路島では「ヤマドッサン」という神さまを迎えます。ヤマドッサンとは「山年神」という意味でしょうから、まさに山からやってくる年神さま。もちろん目には見えませんが、鍬(くわ)と簑笠(みのかさ)を出しておくと、そこに宿ると言われます。それで鍬の前に、供え物をいろいろと並べてヤマドッサンをもてなします。目に見えない神さまをもてなすやり方は、さきほど挙げた奥能登のアエノコトにも似ています。

新木(にゅうぎ) しめ飾り 鏡餅
左:
鹿児島県薩摩川内市甑島(かごしまけんさつませんだいしこしきじま)の門松。下に置かれる割り木は「新木(にゅうぎ)」「年木(としぎ)」などと呼ばれ、昔は正月用の燃料とされた。
中央:
三重県伊勢地方に多いタイプのしめ飾り。正月だけでなく、一年中飾られる。
右:
兵庫県神戸市の寺院で作られたシンプルな鏡餅。

久保田 裕道(くぼた ひろみち)

1966年千葉県生まれ。博士(文学)。民俗学者。國學院大學兼任講師。東村山ふるさと歴史館学芸員。民俗芸能学会理事。儀礼文化学会幹事。 主な著書に「神楽の芸能民俗的研究」(おうふう)、「『日本の神さま』おもしろ小事典」(PHPエディターズグループ)、共著に「心を育てる子ども歳時記12か月」(講談社)、「ひなちゃんの歳時記」(産経新聞社)など。