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紀文アカデミー

【おでん】教室 生活

おでんのおいしさと食感

講師:森 友彦先生(京都大学名誉教授)

食べたときに「おいしい」と感じるのは、さまざまな要素がからみ合っているからです。甘味・酸味・塩味・苦味・うま味などの「味覚」。コクや香りなどの「風味」。そして食べたときに口の中で感じる柔らかさや硬さの感覚「食感」も大切。おでんは食感も楽しめます。

おでんのおいしさと食感

食感が注目されるようになった背景

私たちが食べものを食べたときにおいしいと感じるのは、いろいろな要素が複合的にからみ合って構成されているからです。まず、“味”には、甘味/酸味/塩味/苦味/うま味の5つの基本味があり、また、厳密には味覚に入らない味として辛味や渋味も加わり、味覚が形成されています。さらに、コクや香りなどの風味、次に食味として “食感”すなわちテクスチャー、温度、色、形状、音などの五感で感じる感覚があります。

もう一つ、忘れてはいけないのが、食事環境や食文化・食習慣、心身の状態など、食べるときの個人を取り巻く環境です。味を感じることと、おいしいと感じることはまったく別のことです。おいしく感じることは、食べものの味、匂い、その場の雰囲気や思い出、健康状態などがほどよくブレンドされて生じてくる感情なのです。なかでも、歯触りや舌触り、噛みごたえ、喉ごしなど、食べものを口に入れたときの接触覚、食感は、実は食べもののかなりの部分を印象づけています。

量が足りると質を求めるようになるのは世の中の常ですが、おいしさの世界でも、まず初めに風味や味が追求され、ある程度おいしさが飽和状態のようになりました。次に食感に注目が集まったのは、いたって自然の流れのように思います。食感とおいしさの関係については説明されていなくても、以前から誰もが感覚で分かっていたことです。たとえば、シュークリームにも食感のおいしさがあります。外側の皮のパリパリとクリームのフニャ。ナタデココのような口の中で経験したことのない感触に驚き、強烈な印象を残す食べものを得て、ブームとして盛り上がったのです。

日本人は食感に敏感な民族

四季に恵まれる日本では、その新鮮な食感を楽しむことができます。食感を表現する言葉を見ると、アメリカでは80程度なのに対し、日本では約400。このことからも、日本人が食感に敏感でこだわりを持つ民族であるということはいえるでしょう。もっとも、400の中にはグループ分けしたら同じようなものもありますが、まどろっこしいと思わずに微妙な違いを大切にしたほうがいいと思います。

先ほど、量が充足されると次には質が求められる。つまり、食の分野で人々はまず風味を求め、今は食感を求めていると、私はいいました。実は、私は人々が風味を追求していた頃、“次は必ず食感の時代になる”と予測し、その頃から食感についての研究をはじめました。

食感の差異は実際に人が試飲、試食して評価してきましたが、個人差が生じるのが問題でした。そこで私は、食品が持つ7種類の力学的特性の測定値を解析し、3次元マップに表す食感開発用の計測器「TexoGraph」を考案・開発しました。現在では、食感を客観的にグラフ上にマッピングできるところまで進んでいます。

上の図は、標準的な食品サンプルのテクスチャーを表示したものです。言葉で表現する場合の難しさやあいまいさ、あるいはまた、ひとりひとりで表現が異なるような場合の複雑さから解放されるというメリットがあります。

先進国の多くで刺し身が好まれるようになったり、南国のフルーツが世界中で食べられるようになったりと、食のグローバル化が進み、ローカルだった食が世界的な広がりを見せています。こうしたなか、世界中の食べもののテクスチャーを数値化・マッピングし、食感世界地図を作ることも意味のあるものになるかもしれません。しかし、まだ詳しいフィールド調査は行われていないので、民族によって食感の好みの違いがあるかどうかなど、証明するには至っていません。

現在では、電気生理学や生化学、遺伝学的手法を駆使して味を感じる仕組みを明らかにすることや、異なる種類のたんぱく質を混合することによって、未知の新素材を作るなどの研究が進められています。しかし、食感の研究が本格的に行われるようになったのはごく最近のことで、まだまだこれからの分野です。

ヒトには軟食遺伝子が!?

最近の日本人の食感に対する嗜好は確実にソフト化、つまりソフトなものを好む傾向になっています。しかし、これは本来、人間に本能的に備わっている性質であるかもしれません。

2000年前、あるいはそれ以上前、人類が硬いものを食べて生きていたことは、化石の顎(あご)の発達程度や歯のすり減り具合から証明されていますが、その頃は食べたくても柔らかいものが安全に手に入りませんでした。その後、時代が変化するとともに、経済や流通が発達し、人々が調理時間を持てるようになりました。こうして生活に余裕が出てきた頃から、柔らかいものを食べるようになったのです。

柔らかいものは楽に食べられるし、フォアグラだって、よく味のしみたおでんの大根だって、おいしいものが多いでしょう。これもいずれ、ヒトゲノム計画などで科学的に証明されるかもしれませんが、人にも動物にも放っておいたら確実に肥満になるという肥満遺伝子が発見されたように、“軟食遺伝子”の存在が明らかになるかもしれません。

チョコレートバーは、まず中心にムースがあり、そのムースにナッツが散りばめられています。そして、ムースを包むキャラメルがあり、さらに、その外側をチョコレートがコーティングしています。このお菓子は1品だけで4つの食感が味わえるものです。こういう複雑な食感は最近人気がありますが、一方、単純な食感もさまざまなバラエティーがあって楽しめます。ウエハースのサクサク、草加煎餅のバリバリ、喉ごしのよいツルツル系にネバネバ系、等々。

異質なテクスチャーの食べものを複数組み合わせる、または単一でもいままでにない食感を探すことが、メニュー・食品開発の現場で盛んですが、いずれも柔らかい食感の中で、おいしくて未知の感覚を追求しているのが、最近の食感の傾向と言えると思います。

おでんは食感のバラエティー豊かな料理

おでんは私も大好きで季節を問わずよく食べますが、食感を楽しむという観点からいっても、非常に贅沢な料理だと思います。練りものにもいろいろな食感がありますね。コシのある弾力感、はんぺんのふわふわ感、ごぼう天やイカやキクラゲ入りのさつま揚などは、一口で二度おいしい複数食感を楽しめる種ものです。他にも大根、こんにゃく、玉子、厚揚げと、おでんには、さまざまなパターンの食感の種ものが入っています。

実際に食べている現場を一瞬一瞬フォローしたら面白いと思います。シークエンス、つまり食べる順番は人それぞれ自分なりのバランスがあると思いますが、食感の異なるもの、味の異なるものを次々に食べていくのではないでしょうか。私もそうですが、「次は違うもの」と、ついつい2、3割食べ過ぎてしまいます。

それぞれの種ものの食感は、食感マップに表示することができ、おでんの食感はバラエティー豊かなことが分かるでしょう。しかし食感、ひいてはおいしさというのは、機械と数値だけでは図りきれないことは注意する必要があります。食感の感じ方は十人十色で、家族とも友人とも微妙に違うものです。

おでん屋さんで食べる、サッと味つけをしてある、煮くずれしていないおでんはおいしいですね。食感もおでんの主要なおいしさの一つです。それぞれの種ものの食感が一番よいところで味わうのがおでんの最高の食べ方であるように思います。

家庭で食べる場合でも、くずれやすい種ものは早めに食べるなど、おでんの食感を考えた工夫をすると、視覚的にも触覚的にも、もっとおいしく食べられるのではないでしょうか。

食感を楽しめる鍋料理 ランキング

鍋料理で会話が弾むのはなぜ?

食べものには直接的な生命の維持機能に加え、健康価値や文化価値など、間接的な付加価値があります。これらが総合しておいしさを決定します。味を感じるのは生物学的な現象ですが、おいしく感じるのは心理的な現象も大きく関係するからです。口だけでなく、頭や心でも味わっているということですね。

いろいろな具材が入っている鍋料理は、ステーキやカニを食べているときより、種ものが話のねた(・・)となって、会話を楽しみながら食べることができます。これも間接的な価値の一つです。

さらに、鍋料理はバラエティーのある具材の中から食べたいものを自分で選択します。基本的にテーブル料理は前菜からはじまって、ある程度食べる順番が決まっていますが、食べる順序の自由な鍋料理は、自ら選択することでしか、前に進めません。それで、脳が刺激される部分もあるのではないでしょうか。

とくに食感のバラエティー豊かなおでんは、一定時間に咀嚼運動のパターンが何通りにもなります。カニを必死に食べ続けるときに比べて、大根→こんにゃく→さつま揚→玉子→ごぼう天と、テクスチャーの異なる種ものを食べますから、咀嚼運動も、感じる風味もまったく違います。食感は咀嚼運動の刺激要因にもなっているのですが、いろいろなテクスチャーの食べものを噛むことで、脳に伝わる刺激が大きくなります。脳はちょっと大変で大騒ぎしているかもしれませんが、心地よい刺激というのは、脳が大騒ぎするような状況であればあるほど、人の快感も大きくなるのです。

鍋料理は古くからある、身近な素材を使う料理ですが、とても内容の豊かな料理です。いろいろな具材を入れてだし汁で煮るだけで鍋料理となるだけに、それぞれの具材の持つ食感も大切にしてほしいですね。

いずれにしても、食感を意識することによって、おでんや鍋料理のおいしさや楽しさがもっと広がっていくのではないでしょうか。

森 友彦(もり・ともひこ)プロフィール
森 友彦(もり・ともひこ)さん

京都大学 食糧科学研究所教授・所長。1941年京都府生まれ。日本農芸化学学会、日本生化学学会、日本栄養・食糧学会会員。日本農芸化学会奨励賞受賞。おいしさを科学的に追求、食感研究の第一人者として活躍中。著書に『食品のテクスチャー評価の標準化』(光琳)。