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紀文アカデミー

【練りもの】教室 地理

ヨーロッパ練りもの紀行

Vol.2 国際語となった「surimi」

ヨーロッパでは日本食ブームにより、「SUSHI(寿司)」「TOFU(豆腐)」と並んで、カニ風味かまぼこも「SURIMI(すり身)」の名称で親しまれています。

ヨーロッパ練りもの紀行

楽しい「surimi」の旅

森枝卓士(もりえだ・たかし)さんプロフィール
森枝 卓士(もりえだ・たかし)さん

写真家、ジャーナリスト。1955年熊本県生まれ。東南アジアを中心に世界中で取材活動を行う。食にまつわる著作が多い。週刊ヤングジャンプの漫画『華麗なる食卓』の監修も務める。著書に『食べているのは生きものだ』(福音館書店)、『食べもの記』(福音館書店)、『カレーライスと日本人』(講談社)、『アジア菜食紀行』(講談社)など多数。

スペインのバスク地方、サンセバスチャンの町。バスクはスペインの中でも美食の地として知られていますが、わけてもこのサンセバスチャンの町は、人口に対するミシュランの星の数が一番多いのだとか。このところ、スペインには6つから7つの三つ星があるようですが、そのうちの3つがこの人口20万弱の町にあるのです。そんなところから、どのくらい美食の町であるか、お分かりいただけるでしょう。
ここはまた、単純に高額店の美食だけでなく、男たちが集って料理を作って楽しむ、美食クラブ、加えてバルと呼ばれるカジュアルな居酒屋のようなお店が建ち並ぶことでも知られています。庶民的なところまで含めて、美味しいものが食べられ、評価されている町といっていいと思います。
そのバルが並ぶ一角で、一つ二つ食べて飲んでは次の店へと、ハシゴをして回っていたとき、アンギラスを目にしました。ウナギの稚魚です。それをパンの上などにのせたタパス(つまみ)があれこれあったのです。
値段を聞いても、常識的なつまみの値段。つまり、ハンバーガーなどとあまり違わないか、少しだけ高いくらいのもの。不思議に思いつつ食べると、練りものだったという次第。数年前のその経験を、行ってきたばかりの友人にしたら、こちらは「本物」のアンギラスをタパスで発見して、値段を聞いたら140ユーロだったので諦めたとか。ミシュランの星の店でディナーが食べられる額ですもの。

スペインのポピュラーな練りもの「グーラス」。
スペインのポピュラーな練りもの「グーラス」。
ともあれ。そのバスク訪問の後、マドリードの中央市場(ちょうど築地市場のようなところ)に行ったら、ありました。パック詰めにされたアンギラスそっくりのものが。「グーラス」という名前までつけられている(つまり、それだけポピュラーな)練りもの。そうか、あのカニ風味かまぼこの要領で作られ、売られているのかと思ったものでした。それほどに定着しているのだと。

そういえば、そのカニ風味かまぼこがヨーロッパで練りものを意識させた最初のものだったと思い出しました。さて、あれは確か、1980年代でした。当時から世界中の市場を放浪していたのですが、ドイツのデュッセルドルフの市場でシーフードの中に、その姿を見つけ、パリやミラノの市場ではそのままだけでなく、テリーヌのようなものにも組み込まれているのを発見して、驚いたものでした。
スシが世界中で食べられるようになった今となっては、驚きもないでしょうが、あのカニ風味かまぼこという練りものだけが、それよりもずっと前から、いつの間にかヨーロッパに(そしてアメリカでも)溶け込んでいたのですから。
このシリーズで、アジアの練りものについて書いているときに、このバルの「グーラス」やデュッセルドルフのカニ風味かまぼこなど、ヨーロッパ、あるいはそう、アメリカでも見かけていたことなど思い出し、気になって調べてみました。 すると、二つの原因というか、理由が見えてきました。ひとつは1970年代後半からの200海里(漁業水域設定)問題です。それにより、練りものの材料となるスケソウダラを輸入せざるを得なくなり、その流れで米国など海外での生産がされるようになった。練りものを作る技術が海外にも伝えられたということです。
もうひとつは、カニ風味かまぼこという食品が欧米でも圧倒的に受け入れられたということです。
そのようなわけで、今では「surimi」はsushiなどと並んで、あるいはそれ以上に立派に国際語となっているのです。嘘だと思われたら、グーグルあたりで検索をかけていただけばいい。フランス語でもイタリア語でもいくらでも出てきます。画像検索でもかけたら、そのイメージもよくよく分かっていただけると思われます。
実際にヨーロッパの市場なり、スーパーマーケットであれば、スモークサーモン、ニシンの酢漬け、瓶詰めイクラ等々の魚介類の加工食品などが並ぶあたりに「surimi」も並んでいるというわけです。カニ風味かまぼこの類が中心ではありますが、それも最近ではずいぶんと種類が増えたようです。たとえば、フランスでは山羊チーズが中に入っているものとか、つけ合わせのソースが入っているものとか、その中にエビ風味が入れてあるものとか、そぼろ状(つまり、カニ肉をそぼろ状にしたような感じのもの。キッシュの中身などに使われている)とか……。御本家の日本にもないほどのバリエーションというわけです。当初は日本から輸出されていたものが、最近では現地生産がほとんどとなったことにより、このようなバリエーションも生まれたということでしょうか。
さまざまな種類のテリーヌや前菜が並ぶショップ。
さまざまな種類のテリーヌや前菜が並ぶショップ。
では、どのように食べられているか、というと圧倒的に前菜系のようです。つまり、サラダなどの具として加えられるということです。テリーヌの中にというのも、そのパターンのひとつということですね。イタリアの場合はパスタの具材としても、一般的なようです。まあ、私たちが日本でカニ風味かまぼこのような練りものを食べているのと、あまり変わらないというところでしょうか。

それにしても、何故、「surimi」という言葉が国際的に通じるようになるほど、欧米でも一般化したのか。もっとも大きなのは食べやすさ、でしょうか。シーフードが動物の肉よりもヘルシーというイメージは欧米でも広がっています。それがスシの普及の理由のひとつでもあるわけですが、骨を除きながらという魚を食べることの手間というか、そのような意識は昨今の日本以上に強いと思われます。そして、安くもない。肉と肉からの加工品との比較で、概して魚のほうが高い。
そういうところで、このすり身で食べる手間もなく、おまけにさほど高価でもないということで、魚食の文化を広げ、大衆化したのではないかということです。
ヨーロッパのもともとの食文化では肉こそミンチ状にして、ソーセージにするのは当たり前であっても、魚の加工法ではそのようなものはあまり見られません。干鱈のように干すか、スモークをかけるか、あるいは塩漬け、オイル漬けにするか。すり身、練りものと比較的近いものといえば、クネル程度ではないでしょうか。洋風のすり身だんごとでもいうべき、肉や魚介のすり身に卵や小麦粉、あるいはパン粉に牛乳あたりを加えて、ゆでたり焼いたりした、あのクネルです。
加えて、蒸すという調理法も一般的ではなかった。西洋に近いあたりでは北アフリカのクスクスくらいではないでしょうか。フランス料理でもすっかりおなじみになってきましたから、認知度は高いかと思われますが、パスタにするのと同じセモリナ粉を挽き割りにして蒸した、一見、ごはん粒に見えなくもない、あの粒、クスクスです。
その蒸すという調理法が、このカニ風味かまぼこを始めとするすり身の文化と一緒に入ってきた。油脂で揚げたり、焼いたりするものよりも、ヘルシーなイメージの蒸しものが。まあ、蒸したものであるとは一般的には知られてないかもしれませんが、少なくとも魚介が原料であることは分かるはずなので、肉よりもヘルシーなイメージで受け止められているのです。しかも、高価で贅沢なイメージの強い、カニの装いをして……。
電気炊飯器とインスタントラーメン。この2つはアジアを中心にした世界の食文化への、日本の貢献だと思っています。飯を炊くという労働を簡単にしたこと。お湯さえ沸かせられる環境であれば、温かい麺が食べられるようにしたこと。何気ないようで、大変な変化、貢献だと思うのです。
そして、それと同じように、すり身という魚食の文化を広めたことは、スシという文化の普及と負けず劣らずの大きな貢献だと思うのです。
何しろ、肉の食べ過ぎへの反省、ヘルシー志向は先進国では共通の傾向であることは言うまでもありません。魚介が注目を集めていることも。とはいえ、骨や殻を取り除くという手間があった。調理時であれ、お皿の上であれ。そんな手間を省き、なおかつ、贅沢な食材のイメージをまとってくれていたりの楽しさがある。
ハンバーグ、ハンバーガーは肉を軟らかく食べやすく供したところから、今日のような広がりがあると思うのですけれど、同じような文脈で、なおかつ、ヘルシーでちょっとした贅沢感覚等々のプラスアルファが。さらに、様々なアイデアが育ち、広がっていくように思います。
昔、アメリカで「こんな便利な調理具があるって、知っているか」と炊飯器を示しながら、言われたことがありました。「surimi」でも同じことが起きるような予感がします。