今では、その年の干支にあたる男性を年男と呼びますが、もともとは正月の行事を取り仕切る人のことを年男と呼びました。
一般家庭では家長が年男を務め、 暮れの大掃除から正月の飾りつけ、年神様への供え物をしたり、おせち料理を作ったりと正月全般を取り仕切りました。大変忙しい役目をになっていましたが、次第に長男や奉公人など、若い人が務めるようになっていきました。
年末最後の大晦日は、年神様を寝ないで待つ日とされていました。かつては1日の境は日没の時としていたので、大晦日に日がくれるとともに新年になりました。大晦日の夜、神社では境内で火を焚き、大祓えを行い、罪やケガレを清め、寺院では、除夜の鐘を百八回鳴らします。
除夜の鐘を百八回つくのは、中国で宋の時代から始まったもので、暦に関する数字を足し合わせた数が百八になるためという説と、人間が持つ百八つの煩悩を絶つためともいわれます。
年越しそばを食べるのは、江戸時代の町人の間で始まったといわれます。そばのように細く長く長寿であるように願ってといわれていますが、はじめはそばを団子状に丸めたものを食べていました。江戸時代、金細工職人が仕事場に飛び散った金粉を、そば粉を練っただんごで集めたことから「そばは金を集める」という縁起のよい意味もあったといいます。その後、現在のようなそば切りの形になりました。
※「日本人のしきたり」 飯倉晴武編著 (青春出版社)より抄録